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 小野寺の家からの帰り道も、家に帰ってからも、だめだった。

 何も考えられない。

 何も思いつかない。

 頭ではちゃんと解ってはいた。

 批判された事は言いがかりで、似ていた事も偶然の一致、それを理解している人の方が、圧倒的に多数だと。

 きっとこの騒ぎも、しばらくすれば落ち着くはずだ。

 実際に盗作なんてしていないし、その「まほろばの歌姫」というゲームも知らない。ありきたりな設定が、少し似ていただけなのだから。

 それなのに。

 頭では解っていても、心が解っていなかった。

 ただただ、あの一文だけが、頭の中をぐるぐる、ぐるぐると渦巻いている。

 放心状態、とでも言うのかな。

 自分が一番よく解っていた事を、あえて名前も顔も知らない誰かに指摘された。

 ただそれだけの事実が、俺の思考を完全に殺した。

 怒りとも、焦燥とも、悲しみとも、憎しみとも違う、何か得体の知れない感情に囚われて、俺の頭は、何かを考える事を停止していた。

 虚無感。

 俺には、何の取り柄もないと思っていた。勉強ができるわけでも、スポーツに秀でたわけでもなかった。

 それでも、小説を書くことだけは、人に自慢できると思っていた。

 だから、それこそガキの頃から小説を書き、友達に読ませ、ネットにも公開し、こうやって今でも小説を書くこをと辞めずにいる。

 自分の作品に納得が行かず、執筆を中断していた時期もあったけど、それでも俺の小説を面白い、と言ってくれる人がいて、その人のために俺は小説を書き続けてきた。

 俺にとって小説を書くことは、俺という存在を認めてもらう手段だった。

 それ以外に、何もないから。

 俺に唯一、他の人より優れている事だったから。

 もちろんプロの作家から比べれば、相当にひどい部類だろうけれど、それでも俺は、そう信じていた。

 他に、何もないから。

 俺の書いてる小説なんて、結局は自分の妄想でしかない。

 何の取り柄もない俺でも、小説の中では、妄想の中では何でもできた。

 サッカーで全国を目指すことも、パイロットになって大空を舞うことも、超能力や魔法を使うことや、世界を救うことだって。

 囚われの姫君を救うために、巨悪と戦うことだってできた。

 何もできない現実から逃避をするために、俺は妄想に生き、その妄想をキーボードに叩きつけ、文章として形に残し続けてきた。

 登場人物一人一人に自己投影し、こんな自分でありたいと願いを込め、叶わぬ夢を叶えるために、俺は文字を打ち続けた。

 そうでなければ、俺という人格が、なくなってしまうから。

 何もない俺に残された、唯一のアイデンティティだったから。

 故に。

 全てを、それこそ俺という人間そのものを、否定された気分だった。

 いや。実際に、そうだった。

 他に何もできない俺に、たった一つだけ残された、自分の存在を世に示す唯一の手段を、絶たれた。

 それだけで、もう死んだも同然だ。

 存在を認められない人間は、死んだも同じ。

 試しに、PCを立ち上げ、ワープロソフトを起動した。

 キーボードに指を添えても、もう何も書けなかった。

 ただの一文字も。

 もう、何も書けなかった。

「ははっ」

 ふいに、笑い声が漏れた。

 それが自分の発した声だとは気付かずに。

「ははははっ」

 どうして自分が笑っているのかも解らずに。

 嘲笑だけが、自分を支配していた。

 ゆっくりと、沈むように、溶けるように。


 玄関のベルが鳴り、続いてドアが叩かれた。

 あれ以来俺は、しばらくアパートの部屋に閉じこもっていた。一応仕事には行くが、けれどそれだけで、ただ自宅と会社を往復するだけの日々を送った。

 家に帰っても何もせず、何も手につかずにただ虚空を見つめ、いつの間にか眠りに就き、そして朝になり会社に行くだけ。

 何も考えないのが一番楽だ。

 それでいいんだ。

 そう自分に言い聞かせながら、全てを忘れてしまおう。

 そう思っていたのだが。

「河野、いるんだろー?」

 小野寺の能天気な声が、ドア越しに響く。

「今日は撮影の日でしょ? さっさと始めようよ。みんな来てるんだよ?」

 到底、そんな気分になどなれない。

 ここでまた映画作りを再開してしまえば、また俺のテリトリーが侵されてしまう。

 嫌だ。

 もう嫌だ。

 これ以上、俺を殺さないでくれ。

 そして俺は深呼吸をし、ドアを開け、少しだけ顔を出した。

「なんだ、いるんじゃん。心配したんだよ」

「悪い、みんな」

 ドアの外には、よく見知った四つの顔があった。

「自分勝手だっていうのは分かってる」

 小野寺裕一。

 大垣強志。

 村主綾音。

 篠原紫。

「でも、もう疲れたんだ」

 俺はこの大切な仲間に、ある種の別れを告げる。

「もう、止めにしよう」

 そして俺はドアを閉め、鍵を掛ける。

 ……………………………………………………………………………………。

 ……………………これで、よかったんだ。

 申し訳ない。俺の勝手で。

 そう思いながら、ドアに背を向ける。

 暗い部屋の真ん中まで行き、四人が立ち去る足音を待った。

 しかし、いつまで経っても人の気配が消えない。

 早く諦めて帰ってくれないかな。


 そう思った矢先、いきなりドアがブチ破られた。


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