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さて、それから数日間、俺はPCとにらめっこを続けてきた訳なのだが。
「無理だ」
ぼやきながら、畳に倒れこむ俺。
あれ以降、仕事から帰るや俺は、『アパートから始めよう』のノベライズ作業を続行している。
なんだけど、大体が無謀な話なのだ。
そもそもあれは、半ば自棄を起こしながら無理やりに書いたものなんだ。今更どうにかできる訳がない。
うまい事、地の文なんかを書き足しながら、小説としての体を為すように修正している。それでも、どうにも納得がいかない。
本当だったら、プロットから書き直したいくらいなんだけど、それをやると、今、映画として撮影している『アパートから始めよう』のノベライズではなくなってしまう。
まあ、話の流れ自体は既に完成しているので、この先の展開について悩む必要は全然ないのだが。
少ない脳ミソをフル回転させるべく、畳の上をごろごろと転がる。俺本体が転がっても、俺のチープなお味噌は一向に回ってはくれなかった。
ごろごろ、ごろごろ。
……いかん、いかん。ちょっとばかり、アッチの世界にイってしまった。帰って来い、俺の意識。
だめだね。アイデアが思い浮かばないで筆が止まると、どうも思考が停滞してしまう。
こういう時には、気分転換、散歩に行くのがベストだ。
そう思い立ち、俺が出掛ける準備をしていた矢先、突然俺の携帯電話が鳴った。
滅多に電話なんて掛かってこないんで、ビビって画面を見ると、見知った名前が表示されていた。
「おう、どうした小野寺」
電話口から、親友の声が届く。
『やあ河野、久しぶり』
「久しぶりって、この前会ったばっかじゃん」
そんなノリで、ぼちぼちと旧友との話が弾み、適当な雑談を済ませたところで、小野寺が電話の本題を切り出した。
『ところでさ、河野。最近、自分の小説サイト覗いた?』
「いいや? そもそも、このアパートじゃ、マトモにネットできないし」
そういえば、この前こいつにも、俺が使っている小説投稿サイトを教えたんだっけ。
「で、それがどうしたの?」
『いやね、この前覗いたら、結構叩かれてたみたいだったから。どうしてるかなって思って』
「叩かれてた?」
『うん。感想が書き込めるでしょ、あそこ。それで、パクリだとか盗作だとかって。ほとんど言いがかりみたいな感じだったけど』
知らない、そんな事。
そもそも俺のページは、日に一人か二人くらいしかアクセスがない位の、実に淋しいページだったはずだ。
そこのサイトでは、読者が感想を書き込めるようになっているのだが、俺の小説にはほとんど感想なんて書いてもらえないし、それより感想も残さず、読み飛ばされる事のほうが多かったはずなのに。
叩かれてるって言うのはつまり、そこの感想で、ボロクソに書かれていた、という事か。
「ちょっと、今からお前ん家行っていいか?」
『うん、構わないけど』
とにかく我がアパートのネット環境では、確認もできない。
俺は妙な焦燥感に囚われながら、小野寺の家に向かった。
俺の知らないところで、一体何が起こっていたんだろう。
俺はここ数ヶ月、サイトを一度も確認していなかった。アクセスカウンターの数字もどうせ一桁だし、別段内容を更新したわけでもなかったので、気にも留めていなかった。
それが、どうしてこんな状況になってるんだ?
――読ませていただきましたが、どうも「まほろばの歌姫」というゲームに類似している点が多く見受けられるのですが?
――「まほろばの歌姫」に設定が酷似していませんか?
これくらいならまだまだ序の口で。
――パクリ乙www
――これは完全に真っ黒ですねwwww
――「まほろばの歌姫」盗作すんなよ
――よくこんな小説(笑)恥ずかしげも無く人前に晒せるな
画面に表示されているのは、謂れのない批評の数々。
というよりも、悪意の塊。
「何なんだよ、これ……」
思わず、言葉を失ってしまった。
小野寺のPCを借り、サイトの感想を確認したのだが、そこには百件近い書き込みがあった。
そのどれもが、俺の小説が、とあるゲーム作品と酷似している、という内容のものだった。
最初の書き込みが、ちょうど二ヶ月前。俺はそれ以前よりサイトを見ていなかったので、何も知らなかった。その頃から、アクセスカウンターの数字も、百人単位で増えていた。
「たぶん誰かがネットで騒いで、広めちゃったんじゃないかな?」
おそらくは、小野寺の言うとおりだ。
たまたま俺の小説を読んだ誰かが、ネットの掲示板なり何なりで晒したんだろう。
「ちなみに、心当たりは?」
「ねぇよ、そんなの」
「だよね。疑っちゃいないけど、一応、ね」
当たり前だ。盗作といわれる覚えはない。そもそも、疑惑をもたれているその「まほろばの歌姫」というゲームを、俺は知らない。
「大体、俺ゲーム自体そんなにやらないし。……そんなに似てるのか?」
「俺もそのゲームはプレイした事ないんだけど、河野が来る前に調べてみたんだよ。そしたら、結構設定とか似てるところがあって。でも、割とありふれた設定だから、偶然似てても不思議じゃないレベルだよ。それに似てるって言っても、世界観とかそれくらいだから、盗作って言われるほどじゃないと思うんだけど」
小野寺の言う事は他の連中も解ってはいるようで、批判するコメントばかりの中でも、「騒ぎ立てるほどの類似ではない」旨のコメントもいくつか存在した。
でも。
ここまで直球の悪意をぶつけられて、何も感じないほど俺の精神は強靭じゃない。
この小説を書いているときから、解っちゃいたよ。ありふれた設定の世界観で、真新しいものなんか何も無いって事くらい。
自分で解ってはいても、このコメントだけが、どうしても許せなかった。
――こんなパクリ小説しか書けないなら、小説書くの辞めたら?
どこの誰とも知らない奴に、ここまで言われる筋合いはない。
クソッタレが! 知ったような口利きやがって。だったら貴様が書いてみろ。この創作物に満ち溢れた今の世界で、全く新しい、何とも似ていない創作を行う事がどれ程に難しいか!
怒りで、思わずマウスを握る手に力が入る。
「気にする事はないよ。ネットではこういう事はよくあるよ。それに、みんながみんな、そう思ってるわけじゃないみたいだし」
知ってたよ。ネット上に自分の小説を公開する事のリスクぐらい。不特定多数の人間が閲覧できる環境にある以上、何を言われてもおかしくはない。ネット上では、お互いの顔が見えないから、言いたい事がストレートに言える。故に、少しでも原因があれば、すぐに袋叩きにされてしまう。
それでももちろんネットの世界の住人は公平だから、大多数の人は疑ってはいないだろうし、騒いでいるのはごく一部の人間だけだろう。
それでも。
――こんなパクリ小説しか書けないなら、小説書くの辞めたら?
この一言が、何度も何度もリフレインして、俺の頭から離れなかった。