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 篠原紫の意外な一面を垣間見た夜が明け、目が覚めてみると、まるで昨夜のしおらしい姿が嘘だったように、篠原は毒を吐き続けていた。

 二日酔いの頭に、ゴスロリ女の発する、訳のわからない毒電波がやたらと響いた。

 でも、それと同時に、これでいいんだとも思う。

 仮にあれが篠原の本当の姿だったとしても、あれは、俺なんかが覗いていいものじゃなかった。きっと酒に酔ったせいで、つい素が出ただけなんだ。

 同じような立場だったから、俺にだって解る。

 篠原だって、悩んだはずだ。

 自分が築き上げた小説だと信じていたものが、陳腐な駄文の羅列だと気付き、赤面し、後悔し、絶望して筆を置いた。

 それでも、自分が信じてきたものを否定しきれずに、周囲には悟られないように、今までの平静を装う。

 それが、篠原の出した答えだったんだろう。

 だったら俺も、忘れたフリをして、今までどおりに接すればいいんだ。

 もし本当に、篠原がもう一度小説を書いてみたのなら、まるで何も知らなかったかのように、それを読ませてもらえばいい。それだけの事だ。

 そう思いながら、二日酔いの体たらくを蔑んだ言葉を、右から左へと聞き流していった。

 午前中は全員、マトモに動けなかった。その中で篠原だけがなぜか元気だった。「私ほどの魔力を持ってすれば、アルコールなど問題にならないわ」という発言は、あながちハッタリでもなさそうだ。


 いいかげんに酔いも冷めてきた頃、本格的な撮影を開始する事になった。

 これは、原稿を書いているときから覚悟していた事だったんだけれど、俺たちは今、信じられない羞恥心に耐えていた。

 場所はアパートから程近い、裏通りの空き地。俺たちの格好は、もちろん過日購入してきた、学ランにセーラー服だ。

 住宅街の真ん中で、野外でコスプレをする。なんともまあレベルの高い羞恥プレイですこと。

 人通りは少ないのだけれど、それが逆に目立ってしまい、恥ずかしさを増幅させる。

 恥ずかしがりながらも撮影を続けていたところに、ちょうどカメラアングルに、乳母車を押したおじいちゃんが入り込んできた。

 仕方がないので撮影を中断していると、のんびりと歩いていたおじいちゃんが、俺たちの前で足を止める。

「兄ちゃんたち、何やってんの?」

 これまたのんびりとした口調で、おじいちゃんが話しかけてくる。

「えーっと、まあ、部活、みたいなもんです」

 適当に返事をする小野寺。

「ほー、そうかい。兄ちゃんたち、高校生かい?」

「えっ、……ええまあ、それで、映画を撮影してるんですよ」

「部活も大変だねえ。頑張ってな」

 それだけ言って、おじいちゃんはのんびりと立ち去っていった。

 周りに誰もいない、と言っても、住宅街の中なので、それなりに人や車が通る。その度に、謎の学生集団に好奇の視線が向けられていた。

 小野寺の言い訳どおりに、本物の高校生と思ってもらえたならお慰みだ。まさか二十歳過ぎのいい若者が、コスプレしてるなんて知れた日にゃあ。

「はう~、恥ずかしかったよ~」

 村主がふにゃふにゃっと顔を緩めながら、安堵のため息を吐く。

「まあでも、着てたのが普通の学ランとセーラー服で良かったよ。これなら、普通に高校生だと思ってもらえるしね」

 そう言う小野寺だが、この場の一番の違和感は、一人だけ私服姿の小野寺だ。

「くそ、でもやっぱ恥ずかしいな」

 その日何度目かのセリフを吐く。

「まあまあ。別に誰も見てないんだから、いいじゃない」

 なだめるように言う小野寺だが、こいつだけ私服なのだ。お前にゃこの恥ずかしさは解らんだろうな。

「ふん。何よ、これくらいで。……せっかくのコスも、ギャラリーがいなければ何も面白くないわ」

 そう言う篠原は、今日は出番もないのに、何故か衣装に着替えていた。まあゴスロリでこの場に居られても、困るんだけど。

 こんな感じで今日の撮影は終わった。とりあえず後は、全てアパートの部屋での撮影になるので、もうこんな恥ずかしい思いはしなくていい。

 やれやれ、と清々した気持ちでアパートの部屋で着替えを済ませ、全員を玄関先で見送る。

 そして誰もいなくなった部屋で、俺は独り、晩飯の支度について考えた。

 コンビニに行くか、ファミレスに行くか。それが問題だ。……男の一人暮らしなんて、こんなもんだろ?

 料理ができない訳じゃないけど、どうも一人分の飯を作るってのが面倒で。

 色々考え、財布の中身と相談した結果、今夜の晩飯はコンビニ弁当に決定した。さてそれじゃあ買出しに行きますか、と、外出の支度をしていた時、ふいに玄関のチャイムが鳴らされた。

 はて、誰だろう。俺なんぞに来客なんて。

 そう思いながら玄関を開けると、さっき帰ったばかりのゴスロリ女が立っていたので、俺は意表を突かれた。

「なんだ、篠原か」

「なんだとは何よ、失礼ね」

「いや、別に。……忘れ物でもしたのか?」

「忘れ物……。そうね、忘れ物と言うより、言い忘れた事があって。それより、あなたどこかへ出掛けるつもりだったのかしら?」

「まあ、ちょっとコンビニまで。晩飯買いにさ」

 すると篠原は、心底失望したような眼をして、ため息を付いた。

「呆れた。まあ、どうせそんな事でしょうとは思ったけれど。あなた、コンビニの弁当如きで、体内のマナが補充されると思っているの? そんな事では魔力は回復できないわよ?」

 また訳の解らない事を。回復も何も、俺のMPは最初からゼロだよ。魔法使い予備軍ではあるけどな。

「ほっとけ。いいだろ、別に。俺の食生活なんざどうだって」

 相変わらず見下したような視線で俺のことを眺めていた篠原は、しばらく考え込んでから、一度だけ小さく舌打ちをした。

「仕方ないわね。少し待っていなさい」

 とだけ告げて、篠原はまたどこかへ行ってしまった。

 なんだってんだよ。


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