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 考えれば考えるほど、あいつは不思議の塊だった。とにかく、篠原の個人情報が一切分からない。

 例えば、中学を卒業してから、どこの高校に進学したとか、その後は大学に行ったのか、はたまた就職したのか。あいつは今日一日で、自分の事を一切話さなかった。

 それどころか、どこに住んでいるかすら知らない。たぶん、この周辺に住んでいるんだろうけれど、その程度が関の山。村主あたりは知っているんだろうけれど。さっき念のために、連絡先として赤外線通信で携帯電話の番号とメールアドレスを交換したけれど、他の情報は一切記録されていなかった。それだって、半ば強引に教えてもらったものだ。

 そして、あの格好と言動である。もう、謎の女としか言いようがない。

「第一、篠原に限ったことじゃなく、他の同級生のこと、殆ど知らないや」

 と小野寺の言葉に、妙に納得してしまった。

 俺も小野寺も、各々地元の高校には行かなかった。だから、普段から付き合いのある奴以外のことなんて、ほとんど何も知らないのだ。

 例えば、うちの中学は小さいながらも一学年に百二十人くらいの生徒はいたが、けれどその中で、すぐに名前と顔を思い出せる奴の数なんて、限られていた。精々、言われてから思い出せる程度だ。あーあー、あいつね、そんな奴いたなってくらいに。

「まあそれでも、同級生であることには違いないからね。その中で、こうやって改めて巡り合えたのはある意味で運命的じゃないかな。それに、ああいう人がいてくれると、心強いよ」

「俺には不安要素しかないんだけどな」

「篠原も色々と詳しいみたいだから、アドバイスとかしてくれそうだし。何より、同じ小説書きの仲間がいれば、河野にもいい刺激になるんじゃないの?」

「ま、刺激たっぷりだわな」

 グラスを傾けながら、皮肉気味に言う。

 確かに刺激にはなるのだろうが、けれど俺は、複雑だった。

 それは、俺が積極的に小説家への道を目指さない理由と同じだ。俺が文章にぶつける思いは、俺のテリトリーなのだ。

 俺の領域に、勝手に入って来ないで欲しい。そう思った。


 ファミレスを離れて小野寺と別れた後、俺は夜の国道を独り、歩いていた。

 もちろん帰宅するためではあるのだが、それ以上に、なんとなくそうしていたかったからだ。

 大勢で集まってワイワイ騒いだ後の、独りぼっちになった帰り道の孤独感が、何となく好きだったりする。別に深い訳なんてないけどさ。

 煙草を咥えながら、缶コーヒー片手に、とぼとぼと歩いていると、色々な思考が頭の中をぐるぐると巡っていく。

 それは小説のアイデアだったり、今やっている仕事のことだったり、人間関係についてだったり、昔の事や、将来のことだったり。どれも、他愛のないことばかりだ。

 けれど、そのくだらない一つ一つが、今の自分を作り上げているんだと思うと、こんな時間も悪くないな、なんて、また下らない考えに至ったりする。

 途中で通りかかった歩道橋の上で、俺は意味もなく立ち止まった。早く帰って、一日の疲れを癒すべく眠りに就きたいのだけれど、裏腹にこの時間が永遠に続けばいいと思ったりする。

 でも、本当に今日は疲れた。

 別に何をしたわけでもないが、仲間とバカ騒ぎをするのは意外とエネルギーを消費するものだ。そんなに歳をとったとも思わないが、けれど学生時代のようにはいかない。

 ……仲間、か。

 考えてみればここ数週間で、数年ぶりの再開が幾つも続いた。誰もかれも古い付き合いのはずなのに、どうしてこうも懐かしく思えるのだろう。

 小野寺裕一。

 中学入学以来の付き合いで、親友と言ってもいい。俺の一番の理解者だ。今までの人生で俺は、こいつほど自分の本音をぶつけられる奴に出会っていない。こいつとは一番馬が合うし、何よりも俺の書いた小説を、純粋に楽しんでくれる。きっとこれからも、俺の人生の中でかけがえのない存在であるに違いない。こいつとの出会いは、俺にとっては一生の宝だ。

 大垣強志。

 こいつも中学入学からの長い付き合いだ。同じ部活だったし、よく小野寺と三人でつるんでいた。何よりも人生をノリだけで楽しんでいるような、生粋のバカなのだが、けれどどうも憎めない。ただの軽薄男に見えて、実は仁義に堅い男でもある。エロゲに出てくる男友達のような存在だ。案外俺は、こいつと話している時間が好きだったりする。

 村主綾音。

 こいつとは一番付き合いが長くて、小学校から一緒だった。誰とでも仲のいいような奴だったから、俺とも割と仲が良かった。一緒にいるだけでこっちまで楽しくなってくるような、ムードメーカーという奴だ。こいつの参加が、内心一番嬉しかったりする。もちろんそこに、下心なんて一切なく、だ。こいつとの再会が、一番俺に中学時代を思い出させる。

 篠原紫。

 確か中学二年の春に転校してきた奴だ。どうも何を考えているのかよく分からない奴なのだが、けれどその中で、自分をしっかりと持っているような、そんなイメージだ。だからこそ学校では孤立しているような印象だったし、たぶん実際にもそうだったんだろう。でも、俺はそういう強い女性が嫌いじゃない。

 そして俺。

 この五人が目下、俺の仲間だ。

 全員が全員、小野寺の思い付きを成功させるために、俺の小説を映像化するために、集まった。

 とすれば、俺にできることは、その思いを成し遂げるため、自分にできることをやるだけだ。

「さーて、何はともあれ、アパートだな」

 誰もいない真夜中の国道で、俺は独りごちた。

 河野宏之二十一歳、人生初の一人暮らし決断の時だ。ちくしょうめ。


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