12
結局『レイラ』って誰なんだろうとかどうでもいい事を考えているうちに、二人の着替えは終わったようだった。
「おおおっ」
と、声をあげる男三人。
試着室の中には、紛れもない女子高生がそこにいた。
あまりの完成度に、思わず見とれてしまう俺。
「何ジロジロ見てるのよ。呪うわよ?」
篠原に呪うと脅迫されつつも、この光景はしっかりと網膜に焼き付けておきたい。
恥らう乙女というのは、どうしてこうも素晴らしいものなんだろう。
村主はさっきとは打って変わって、随分と普通の女子高生になっていた。軽いメイクも、うっすらと染めた髪も、いかにも今時の女子高生、といった感じだ。たぶん、このまま電車に乗っていても違和感ないんじゃないだろうか。
まあ、数年前まで実際に女子高生だったわけだから、当然といえば当然なんだけど。
一方の篠原といえば、ゴスロリ装束のときとは印象がガラリと変わった。本当にこれ、同一人物かと疑いたくなるほどに。
ゴスロリのときは衣装の印象が強すぎて気付かなかったけど、こいつ、結構美人だったんだな。
腰も、長い脚も細くて、身長はそれほど高いというわけではないが、すらりとしたイメージで、全体的に線が細い。
真っ白な肌に、対を成すように腰まで届く長髪は真っ黒。その黒髪が、白い肌を一層に引き立てている。鼻筋の通った整った顔に、まつげが長くて切れ長の目は、
「って、カラコンぐらい外せよ!?」
赤と青の眼が、不満そうに歪む。
「何よ、不満なの?」
「不満っつーか、オッドアイの女子高生なんか、そうそういるか!」
「まったく……、仕方ないわね」
そう言いつつ、篠原は片手を顔の前で払った。
「現世に溶け込むための変化よ。これで満足かしら? 変態小説家さん」
変化って、カラコン外しただけじゃん。そしてさらっとひどい事言うね、こいつは。
と、とにかく黒い瞳になった篠原は、本当に大和撫子という言葉が似合うくらい、美人だった。
二人とも、それこそ自信を持ってミスコンにでも送り出せるくらいには。
誠に勿体無いことに、二人ともすぐに更衣室のカーテンを閉ざし、元の私服へと着替えてしまった。もう少し眺めていたかったのだが、仕方ない。まあ、撮影が始まれば、またいくらでも見れるからいいか。
この後は、俺たちの衣装合わせだ。
学ランはセーラー服と違って種類が極端に少ないため、選択の余地はなかった。サイズだけ確認をして、俺と大垣が隣同士の更衣室に入る。
着ていたTシャツとジーパンを脱ぎ捨て、学ランを手に取る。やたらと布地が安っぽい感じがしたが、けれど作りは、割としっかりしているようだ。
真新しい布の匂いを感じながら、ズボンを穿き、上着を羽織る。よく見れば、ボタンのエンブレムが、セーラー服のワッペンと揃えられていた。へー、結構芸が細かいね。
壁に設置された大きな鏡で自分の姿を確認する。とりあえず、サイズはちょうどいいらしい。しかし。
「うわー、これ、結構ハズイな」
コスプレというのを生まれて初めて体験してみたのだが、これが意外に恥ずかしい。
別にただの学ランで、アニメキャラクターの格好を真似ているわけでもないのに、湧き上がる羞恥心は一体何なんだ。イベント会場とかで平気で写真撮られてるような連中って何なの?
カーテンで仕切られた電話ボックス大の個室で一人悶えていると、外から不穏な声がした。
「まだなの?」
どうやらゴスロリ女が痺れを切らしているようだった。
あー、悪い悪い、待たせたな。
という返事をする間もなく、外側から強制的にカーテンが真横に引かれた。
あああ、まだ心の準備が……
などという俺の心の叫びが聞こえるわけもなく。
「ふーん。普通ね」
という冷めたリアクションだけが帰ってきた。
「うん、本当に~どこにでもいそうな感じだね~」
たぶん村主は褒めてくれてるつもりなんだろうけど、素直に喜べないのは何でだろう?
いいんだよ、普通でいることってのは、案外難しいんだよ。ちくしょう。
「で、こっちは?」
そして篠原は、隣のカーテンに手をかける。
「いやっ、ちょっ、まだズボンが……」
奥で大垣が何か喚いていたが、篠原は問答無用だった。
あーあ。
シャッ、とカーテンが開く音がする。そして、しばしの沈黙があった。
「いやーん、エッチ!」
更衣室同士はもちろん仕切られているため、隣の光景は見えないのだが、けれど大垣が絶望的な状況で、必死のギャグを放った、という事だけは分かった。
そして、さらにしばしの沈黙の後、篠原の拳が隣の更衣室に飛び込み、肉を打つ音が聞こえた。
衣装合わせも済み、その日は他に細かな小道具を買い揃え、解散となった。
一人一人を車で送迎している道中、終始大垣が左頬を押さえていたのが印象的だった。相当見事なストレートがヒットしたらしい。
そして最後に小野寺と二人きりで、村主のバイト先であるファミレスに立ち寄っていた。車は家に置いてきている。
当然といえば当然なのだが、村主は今日はシフトではないらしく、姿は見えない。
「何にせよ、メンバーが集まったのは収穫だったな」
「うん。本当に、村主と篠原には感謝してもしきれないよ」
「いや、こんなふざけた思いつきの企画に乗ってくれるとはね。ましてや、本は俺が書いてるんだぜ」
「なんだい、自信ないの?」
適当に、ファミレスの安いワインを傾けながら、話を続ける。
「ある訳ないじゃん。あんなのさ。書いてる本人が言うんだから、間違いない」
「悪い癖だね、河野の」
「あん?」
「その、過小評価」
つまみのポテトフライを口に放りながら、小野寺はずばり言った。
「前にも言ったと思うけど、俺は河野の小説、面白いと思ってるよ」
「そうかい、そりゃどうも」
「本気で言ってるんだけどな」
俺は何となく居心地が悪く感じて、煙草に火をつけた。
「たぶん、他の三人だって同じだと思うけど」
「どうだかね」
「そうじゃなかったら、ついて来てくれないと思うけど?」
「それはないね。大垣だって村主だって、ノリだけでいる気がするし。篠原に関しては、絶対ないね。ボロクソに言ってたじゃん」
そこまで言うと、小野寺はなぜか呆れたような顔をした。
「察しが悪いのも相変わらずだね」
とだけ言い、グラスに残っていたワインを一気に飲み干した。
「それより、問題はアパートだよね」
実は俺たちが二人だけで残ったのは、この話をするためだった。
この『アパートから始めよう』を撮影するに当たっての、一番の問題がこれだった。
つまり、撮影場所としてのアパートを確保しなければならないのだ。
「手っ取り早いのが、誰かが一人暮らしでもしてればいいんだけど」
「全員地元にいるって事は、みんな実家暮らし、って事なんだよね」
「かと言って、遠方だと撮影が大変だしな」
「やっぱり、近場で借りる? アパート」
「それしかないかね。まあ、ボロアパートだったら安く借りられるかな」
「それじゃあ後で、ネットで調べておくよ」
話しながら、空いたグラスにボトルワインを注ぐ。
「生活感を出すために、実際に誰かに住んでもらいたいんだよな」
「確かにね。じゃあ、河野が住めば?」
「なんで俺なんだよ」
「そりゃあ、メンツの中で一番生活が安定してるのは河野でしょ。俺は大学生、大垣はニート、村主はフリーター、篠原は……」
そこで小野寺が言葉に詰まる。つられて俺も考えてみるが。
「そういや篠原って、あいつ何やってるんだ?」
「さあ?」
二人揃って首を傾けながら、グラスを傾けた。