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 結局『レイラ』って誰なんだろうとかどうでもいい事を考えているうちに、二人の着替えは終わったようだった。

「おおおっ」

 と、声をあげる男三人。

 試着室の中には、紛れもない女子高生がそこにいた。

 あまりの完成度に、思わず見とれてしまう俺。

「何ジロジロ見てるのよ。呪うわよ?」

 篠原に呪うと脅迫されつつも、この光景はしっかりと網膜に焼き付けておきたい。

 恥らう乙女というのは、どうしてこうも素晴らしいものなんだろう。

 村主はさっきとは打って変わって、随分と普通の女子高生になっていた。軽いメイクも、うっすらと染めた髪も、いかにも今時の女子高生、といった感じだ。たぶん、このまま電車に乗っていても違和感ないんじゃないだろうか。

 まあ、数年前まで実際に女子高生だったわけだから、当然といえば当然なんだけど。

 一方の篠原といえば、ゴスロリ装束のときとは印象がガラリと変わった。本当にこれ、同一人物かと疑いたくなるほどに。

 ゴスロリのときは衣装の印象が強すぎて気付かなかったけど、こいつ、結構美人だったんだな。

 腰も、長い脚も細くて、身長はそれほど高いというわけではないが、すらりとしたイメージで、全体的に線が細い。

 真っ白な肌に、対を成すように腰まで届く長髪は真っ黒。その黒髪が、白い肌を一層に引き立てている。鼻筋の通った整った顔に、まつげが長くて切れ長の目は、

「って、カラコンぐらい外せよ!?」

 赤と青の眼が、不満そうに歪む。

「何よ、不満なの?」

「不満っつーか、オッドアイの女子高生なんか、そうそういるか!」

「まったく……、仕方ないわね」

 そう言いつつ、篠原は片手を顔の前で払った。

「現世に溶け込むための変化よ。これで満足かしら? 変態小説家さん」

 変化って、カラコン外しただけじゃん。そしてさらっとひどい事言うね、こいつは。

 と、とにかく黒い瞳になった篠原は、本当に大和撫子という言葉が似合うくらい、美人だった。

 二人とも、それこそ自信を持ってミスコンにでも送り出せるくらいには。


 誠に勿体無いことに、二人ともすぐに更衣室のカーテンを閉ざし、元の私服へと着替えてしまった。もう少し眺めていたかったのだが、仕方ない。まあ、撮影が始まれば、またいくらでも見れるからいいか。

 この後は、俺たちの衣装合わせだ。

 学ランはセーラー服と違って種類が極端に少ないため、選択の余地はなかった。サイズだけ確認をして、俺と大垣が隣同士の更衣室に入る。

 着ていたTシャツとジーパンを脱ぎ捨て、学ランを手に取る。やたらと布地が安っぽい感じがしたが、けれど作りは、割としっかりしているようだ。

 真新しい布の匂いを感じながら、ズボンを穿き、上着を羽織る。よく見れば、ボタンのエンブレムが、セーラー服のワッペンと揃えられていた。へー、結構芸が細かいね。

 壁に設置された大きな鏡で自分の姿を確認する。とりあえず、サイズはちょうどいいらしい。しかし。

「うわー、これ、結構ハズイな」

 コスプレというのを生まれて初めて体験してみたのだが、これが意外に恥ずかしい。

 別にただの学ランで、アニメキャラクターの格好を真似ているわけでもないのに、湧き上がる羞恥心は一体何なんだ。イベント会場とかで平気で写真撮られてるような連中って何なの?

 カーテンで仕切られた電話ボックス大の個室で一人悶えていると、外から不穏な声がした。

「まだなの?」

 どうやらゴスロリ女が痺れを切らしているようだった。

 あー、悪い悪い、待たせたな。

 という返事をする間もなく、外側から強制的にカーテンが真横に引かれた。

 あああ、まだ心の準備が……

 などという俺の心の叫びが聞こえるわけもなく。

「ふーん。普通ね」

 という冷めたリアクションだけが帰ってきた。

「うん、本当に~どこにでもいそうな感じだね~」

 たぶん村主は褒めてくれてるつもりなんだろうけど、素直に喜べないのは何でだろう?

 いいんだよ、普通でいることってのは、案外難しいんだよ。ちくしょう。

「で、こっちは?」

 そして篠原は、隣のカーテンに手をかける。

「いやっ、ちょっ、まだズボンが……」

 奥で大垣が何か喚いていたが、篠原は問答無用だった。

 あーあ。

 シャッ、とカーテンが開く音がする。そして、しばしの沈黙があった。

「いやーん、エッチ!」

 更衣室同士はもちろん仕切られているため、隣の光景は見えないのだが、けれど大垣が絶望的な状況で、必死のギャグを放った、という事だけは分かった。

 そして、さらにしばしの沈黙の後、篠原の拳が隣の更衣室に飛び込み、肉を打つ音が聞こえた。


 衣装合わせも済み、その日は他に細かな小道具を買い揃え、解散となった。

 一人一人を車で送迎している道中、終始大垣が左頬を押さえていたのが印象的だった。相当見事なストレートがヒットしたらしい。

 そして最後に小野寺と二人きりで、村主のバイト先であるファミレスに立ち寄っていた。車は家に置いてきている。

 当然といえば当然なのだが、村主は今日はシフトではないらしく、姿は見えない。

「何にせよ、メンバーが集まったのは収穫だったな」

「うん。本当に、村主と篠原には感謝してもしきれないよ」

「いや、こんなふざけた思いつきの企画に乗ってくれるとはね。ましてや、本は俺が書いてるんだぜ」

「なんだい、自信ないの?」

 適当に、ファミレスの安いワインを傾けながら、話を続ける。

「ある訳ないじゃん。あんなのさ。書いてる本人が言うんだから、間違いない」

「悪い癖だね、河野の」

「あん?」

「その、過小評価」

 つまみのポテトフライを口に放りながら、小野寺はずばり言った。

「前にも言ったと思うけど、俺は河野の小説、面白いと思ってるよ」

「そうかい、そりゃどうも」

「本気で言ってるんだけどな」

 俺は何となく居心地が悪く感じて、煙草に火をつけた。

「たぶん、他の三人だって同じだと思うけど」

「どうだかね」

「そうじゃなかったら、ついて来てくれないと思うけど?」

「それはないね。大垣だって村主だって、ノリだけでいる気がするし。篠原に関しては、絶対ないね。ボロクソに言ってたじゃん」

 そこまで言うと、小野寺はなぜか呆れたような顔をした。

「察しが悪いのも相変わらずだね」

 とだけ言い、グラスに残っていたワインを一気に飲み干した。

「それより、問題はアパートだよね」

 実は俺たちが二人だけで残ったのは、この話をするためだった。

 この『アパートから始めよう』を撮影するに当たっての、一番の問題がこれだった。

 つまり、撮影場所としてのアパートを確保しなければならないのだ。

「手っ取り早いのが、誰かが一人暮らしでもしてればいいんだけど」

「全員地元にいるって事は、みんな実家暮らし、って事なんだよね」

「かと言って、遠方だと撮影が大変だしな」

「やっぱり、近場で借りる? アパート」

「それしかないかね。まあ、ボロアパートだったら安く借りられるかな」

「それじゃあ後で、ネットで調べておくよ」

 話しながら、空いたグラスにボトルワインを注ぐ。

「生活感を出すために、実際に誰かに住んでもらいたいんだよな」

「確かにね。じゃあ、河野が住めば?」

「なんで俺なんだよ」

「そりゃあ、メンツの中で一番生活が安定してるのは河野でしょ。俺は大学生、大垣はニート、村主はフリーター、篠原は……」

 そこで小野寺が言葉に詰まる。つられて俺も考えてみるが。

「そういや篠原って、あいつ何やってるんだ?」

「さあ?」

 二人揃って首を傾けながら、グラスを傾けた。


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