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ヤロー三人がレディー達の着替えを待っている時間は、何ともこう、無限に思えたね。
別にやましい気持ちがあるわけじゃないんだけれど、どうしても耳に入る布擦れの音が、楽園の旋律に聞こえてくる。
おかしいな。女友達の着替えを妄想して悶えるほど変態じゃないと思ってたんだけど。いつの間に俺はここまで堕ちてしまったんだろうね?
あー、篠原なんかゴスロリだから、脱ぐのに時間掛かるだろうな。
そんな悶々とした時間がしばらく経つと、カーテンの隙間から村主が顔を出した。
なんとなく顔が赤面しているような気がする。
「え~っと~、一応終わったんだけど~」
「おう、どうよ?」
「これはちょっと恥ずかしいかな~」
口ではちょっとと言いつつも、表情はものすごく恥ずかしそうだ。
「どんな感じ? ちょい見せてよ」
横から割り込んできた大垣が、村主の回答を待たずにカーテンを開いた。おいおい大垣よ、そんな事をして、カーテンの中が大変な事になってたらどうするんだ?
よし、デリカシーの欠片もない大垣君には、後で俺がレディーの扱い方をレクチャーしてあげよう。俺も詳しくは知らないけどさ。
シャーッという軽い音とともにカーテンは左右に分かれ、村主の隠されていた姿が露になる。
それを三秒間だけ見て、俺は黙ってカーテンを閉めた。
そして振り返りざまに、大垣の頭をスパーンとぶっ叩く。
「お前はアホか!? いきなりカーテン開ける奴がどこにいる! 殴るぞ!」
「殴ってから言うセリフか、それ!?」
この大バカヤロウ、こんな変態じみた企画に乗ってくれる女の子なんてそうそういないんだから、もっと丁重に扱えや。見ろ、試着室の中から村主の「あわわわわ」って震えてる声がすんじゃねーか。
俺が大垣の胸倉を掴んでぐわんぐわんやっていると、背後からカーテンの開く音がする。
どうやら篠原も着替えが終わったようだ。……という事は、篠原も村主と大体同じような事態になっているわけだ。
俺が恐る恐る振り返ると、ゴスロリ衣装のままの篠原がため息を吐きながら立っていた。
「……あれ、着替えなかったの?」
「これは、着れないわ。どうやらサイズを間違えてしまったようね」
篠原が手にしているセーラー服には、「Mサイズ、身長150~160センチ」と書かれている。篠原の身長は160くらいだから、ちょうどいいはずなのだが。
すると篠原は、黙って村主が入っている更衣室のカーテンを開け放った。
「ひっ」という短い悲鳴とともに、もう一度さっきと同じ格好の村主が登場した。
「そうそう、ちょうどこんな感じになったわ」
こんな感じ、ってのは、つまり今、更衣室の中でプルプル震えてる美少女について解説すれば大体正解だ。
まだ幼さの残る、化粧っ気の薄い可愛らしい顔に、それを縁取る髪は薄く茶色がかっている。随分と短く、きわどいスカートから伸びた形のいい脚を覆うのは、黒いオーバーニーソックスだ。スカートとソックスの間から覗く太股の肌が、軽く光って見える。そして紺色のセーラー服の胸元では、赤いスカーフが揺れていて、これまた丈の短いセーラー服の裾と腰の位置のスカートとの間から、
「ジロジロ見てんじゃないわよ!」
後頭部に、篠原の鉄拳が突き刺さる。……おいおい、そりゃ誤解だよ。
なんというか、かわいいにはかわいい。のだが、とても女子高生には見えない。
女子「高」生というより、女子「校」生といったほうが正解かもしれない。
つまり、だ。
全体的に衣装のサイズが小さめに作られている。
おかげで、へそやら太股やらが不自然なまでに露出しているのだ。
「たぶん、衣装の売り場がいけなかったのね」
腕を組みながら篠原が顎で差したコスプレ衣装売り場。そしてその先には、ピンク色の暖簾が掛かっている。大人のおもちゃ売り場だ。
一応は暖簾の外に陳列されてはいるが、その隣に並んでいるわけだから、どう考えたってそっちの需要の商品なんだろう。
という訳で、サイズより一回り小さ目の衣装ばかり取り揃えられているんだろう。
「一応は着てみたんだけれど、このサイズでは小さすぎるわ。これじゃあまるで、安い女子校生モノのAVよ。いかにもコスプレって感じね」
いかにも嫌悪丸出しの篠原だったが、大垣は頭の上に疑問符をいくつも乗せていた。
「そんなにコスプレって恥ずかしいの? 二人ともいつもしてんじゃん。ウエイトレスと、ゴスロリ」
「あれはコスプレじゃなくて~、仕事の制服だよ~」
「ゴスロリはコスプレではないわ。そこは勘違いしないで頂戴」
へー、そうですかい。
しかし大垣は、その回答では腑に落ちないらしい。やっぱりおバカさんか。
「だって、多少は『レイラ』意識して着てるんでしょ? そのゴスロリ」
「確かにそうだけれど、たまたま私服がアニメキャラとそっくりだったとして、大して気にしたりはしないもの。違うかしら?」
まあ、大垣の察しが悪いのは今に始まったことじゃないしな。
「ところでずっと気になってたんだけど、『レイラ』って誰よ?」
「あなた、『レイラ』も知らないで今まで生きてきたの? 恥ずかしくないの?」
別に恥ずかしくねーけどな、全然。
「『レイラ』っていうのは……」
「そんなことより~」
呆れながらその『レイラ』とやらの解説をしようとしていた篠原だったが、村主の悲痛な声に遮られた。
「着替えたいから、カーテン閉めて~」
とっても忘れてたよ。ごめん。
なんか恥ずかしいカッコのまま放置されていた村主の顔は、今にも泣き出しそうなほどに紅潮していた。
「悪い悪い、今、一つ大きい奴持ってくるから。Mでいいんだよな?」
「うん~、早く~」
女物のセーラー服を取りに行くことに若干の羞恥心を感じながら、売り場に駆け出そうとしていた俺を、篠原が制した。
「綾音、Mならここに一着あるけれど。私が一回袖を通した物だけれど、構わないわよね?」
言いながら、綺麗に畳まれたセーラー服を、村主に差し出す。
……あれ?
ってことは、篠原はあの短時間で、この脱ぎにくそうで着にくそうなゴスロリからセーラー服に着替えて、もう一度ゴスロリを着なおしたってこと? 着替えるの早すぎじゃね?
そんなどうでもいいことを考えていると、村主は赤い顔のまま、受け取ったセーラー服を眺めていた。
「紫ちゃん、これ……一回着たんだよね?」
「……ええ。嫌なら別のものを持ってくるけれど?」
「ううん! 嫌じゃないよ~。えへへ~。これ、私が着ていいんだよね~?」
「え、……ええ」
なんとなく村主の顔が、さっきとはまた違う理由で紅潮しているように見えた。気のせいだろうけど。
一方で篠原は、しまった、というような、引きつった顔をしていた。
試着室のカーテンが閉まり、中から着替える音と、「えへへ~、紫ちゃんのセーラー服~」という村主の声が聞こえてくる。と同時に、ぶるぶるぶるっと篠原が身震いする。
……あれ?
「さ、さて、私ももう一度試着してみようかしら。ちゃんとLサイズも置いてあったわよね」
男三人の、意味ありげな視線に気付いた篠原は、やたらとぎこちない顔をしながら別のセーラー服を取りに行き、また試着室へと消えていった。