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突然だけど、『ワナビ』って言葉を知っているか?
普通に生活している上じゃ、知ってても何の得にもならないし、知らなかったからって損するわけでもないから、人様に知識をひけらかすのは止めておこう。
『ワナビ』ってのは、いわゆるインターネットスラングの一つだ。
主に小説家志望者を揶揄する表現で、もしくは自虐的に『ワナビ』を自称する者もいる。
は?
つまりそれはお前自身の事なんだろって?
ノーノー。勘違いしてもらっちゃ困る。
確かに俺は、アマチュアですよ。
小学生の頃から妄想に生きて、中学高校でも授業もろくすっぽ聞かずに妄想ノートにペンを走らせてた、未だに厨二病を卒業できない痛い社会人ですよ。
実は小説投稿サイトなんかにも登録してあって、時々気まぐれで書いた短編なんかや、いつ完結するとも知れない長編をちょぼちょぼ書いて、小説家の真似事なんぞをしている暇人ですよ。
それに関しては否定のしようがない。そこだけ見れば、俺は立派なワナビだろうさ。
でもな、決定的に違う点がある訳よ。
何かって?
それはな、俺には小説家デビューする気なんて、毛頭ないってことさ!
……今、ものすごく白い目で見られた気がする。
いや、ホント悪かった。本当は若干の嘘がある。
本当は、デビューしたかったさ。俺だって。
だって考えても見ろよ。本が出版されて、大人気になって、ミリオンセラーになって、続編の話が出て、コミック化されて、アニメ化されて、ゲーム化されて、映画化されて、なんて、さぞや嬉しいだろ? 印税だってガッポガッポ入るし、周りからはチヤホヤされるだろうし、担当の編集さんなんかが付いて、「先生」なんて呼ばれるんだぜ?
そう。創る奴は、大概がその夢を、間違いなく自分の手で掴み取れると思い上がってるんだ。俺もそうだった。
俺には才能がある、ってな。
でも、ある日突然気付いたんだよ。
俺は天才でもなんでもない、ただの凡人。その他大勢を構成する、一人でしかないってな。
きっかけは、本当に些細な事だったよ。
パソコンに残ってた、古い書きかけのデータを読み返したとき。あー、あの時はどんなの書いてたんだっけな、なんて軽い気持ちでファイルを開いてびっくりだ。顔から火が出るかと思ったね。あんな恥ずかしい文章を、駄文だなんて微塵も疑わないで書き綴ってたなんて。
ましてやそれを同級生に見せびらかしてたとしたら。もう真剣に自殺を検討したくなるくらいに恥ずかしかったね。
稚拙なんてもんじゃなかった。小学生の作文かっての。
無駄にエロくしてみたり、邪気眼設定盛り込んでみたり、ヘタな擬音語のオンパレードだったり。
作法なんて知りもしないで書いてるから、もう恥ずかしいのなんのって。
即効データは削除……しようと思って、できなかったよ。結局、『黒歴史』ってフォルダを作って、そこにまとめてぶっ込んだ。どうしても、消せなかったんだよな。惜しかったって言うか、悔しかったって言うか。だから、未だに俺のパソコンの奥底には、恥ずかしい遺産が眠ってる。
とにかく、そこで気付いちまったんだ。
俺の文章なんて、所詮人様に見せられる代物じゃない、ってな。
それでも、俺は書くことは辞めなかった。何でだろうな。自分でも正直分からないんだ。
ただ書きたかったから。もうパソコンに向かって、キーボードを叩き続ける事が、俺に課せられた使命だ、ってみたいに。
でもさ、小説に限らず、創作活動の原動力って何だよ。
金のため? 名誉のため? プライドのため? 嘘嘘。全部嘘。全部違うね、大はずれ。
何が言いたいかって、結局のところ、「見てもらいたい」から「創る」わけだろ? 極端な話、幼稚園児が絵を描いて、両親に褒められる。また『上手に描けたわね』って言われたいが為に、また絵を描く。それと一緒じゃないの?
だから華々しくデビューして、期待の新人なんてもてはやされて、ってのを夢見るわけさ。
でも、俺は知ってしまったんだ。そんな夢は、俺には叶えられないって。
なのに書き続ける。矛盾してると思うかい?
案外、そうでもないんだな、これが。
小説投稿サイトに登録してる、って言ったろ? それなんだよ。
確かに俺の小説は、大衆受けはしないらしい。それは自分でも重々承知してたし、サイトのアクセスカウンターが、その事実を客観的な数値で表示している。
でも、そのアクセスカウンターの数字も、ゼロじゃないんだ。精々二桁がいいところだけど、少なくともそれだけの人数が、俺の小説を読んでくれているわけだ。もちろんその全員が面白いと思ってくれたわけじゃないだろうけど、それでも、好評のレビューを貰ったこともある。
インターネットのSNSを通じて、同じ小説家志望者の仲間ともめぐり合えたし、俺の小説を面白いといってメッセージを残して言ってくれた人も、まあそれなりの人数がいた。
つまり、だ。
俺は大衆に向けて書くことを辞めちまったって訳さ。
たった一人でもいい。俺の小説を読んで、面白いと思ってくれて、続きを楽しみにしてくれる人が、たった一人でもいれば。
俺は、書き続ける。身内だけの小さなコミュニティの中だけだろうと。
ある意味では、俺はもう小説家としてデビューしたようなものなんだ。だから、今更新人賞だとか、そんなものには興味がない。だから、俺は『ワナビ』なんかじゃない。
……言い訳に聞こえるかい?
ま、あながち間違いじゃないよ。
俺はさ、怖いんだよ。評価されるのがさ。
自分の作品のレベルなんて、自分自身が一番よく分かってると思ってる。大した事ないんだって。
だからこそ、分かりきった事を、他人にとやかく言われたくないんだ。
人の自己満足のテリトリーに、土足で踏み入るなっての。
だから、新人賞に応募もしない。
だから、出版社に持ち込みもしない。
いいじゃないか、それで。
所詮、自己満足の世界なんだからさ。
いいんだよ、俺は。これで満足してるんだからさ。哀れんでくれるな。
だから、俺の事を『ワナビ』って呼ぶなよ。もう小説家志望でもなんでもないんだからさ。
本当に小説家を目指してる奴に失礼だって。
でも、もしもだけど、仮に俺の小説が、世間様に認められたとしたら?
そんなもん、嬉しくないわけがないね。
そりゃあ、一人でも多くの人に読んでもらいたくて書いてるんだからさ。
そう。
そんなどうでもいいような事を考えていた休日の昼下がり。
俺は、かつての小説家仲間だった、中学時代のクラスメイトに再会したんだ。
まあ再会といっても、別にずっと音信不通になってたわけじゃない。普通にメールしたり、電話したりのやりとりはあった。ただ、実際に会うのが久しぶりだったって訳さ。