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『影』

作者: ミオ
掲載日:2026/08/27

離婚して、三年が過ぎた。


元夫は、もう別の女性と再婚している。


風の噂で聞いた話では、新しい妻とは夫婦仲がよく、休日には二人で出かけ、笑い声の絶えない家庭を築いているらしい。


「幸せそうよ」


そう聞かされたとき、私は笑って答えた。


「それなら、よかった」


本当に、そう思えたらよかった。


けれど夜になると、決まって思い出してしまう。


まだ夫婦だった頃のことを。


朝、眠そうな顔でコーヒーを飲んでいたこと。


仕事から帰ってきて、

玄関で「ただいま」と言った声。


何気なくテレビを見ながら笑った横顔。


そして――あの女の存在。


夫が私ではない誰かに心を奪われていたことを知った日から、私の時間は止まっていた。


浮気。


私が夫に捨てられた。


正確には、浮気前から夫の心は私からとっくに離れていた。


だから離婚した。


頭では、何度も言い聞かせた。


「あんな男、忘れればいい」


友人にも同じように言われていた。


私自身も、そう思っていた。


離婚した直後、髪を切った。

新しい服を買った。

新しい仕事も始めた。


そして、少しずつ笑えるようになった。


新しい恋人もできた。


優しい人だった。


私を裏切らない。

私を大切にしてくれる。


それなのに。


ふとした瞬間に、元夫を思い出す。


彼が好きだった音楽。

彼が使っていた香水。

昔二人で行った店。


街角で似た背中を見つけるだけで、心臓が跳ねる。


もう私の人生には関係のない人なのに。


ある日、偶然、今の元夫の写真を見た。


新しい妻と並んで笑っていた。


そこに写っていた彼は、私が知っている彼だった。


でも、私の知らない笑顔だった。


幸せそう。


その写真を見ながら、私はしばらく動けなかった。


悔しい。


悲しい。


寂しい。


そして、一番苦しかったのは――


「私といた頃より、夫は幸せそう」


そう思ってしまったことだった。


私は、彼に捨てられた。


なのに彼は、私を置いていった場所から先へ進み、別の誰かと幸せになっている。


離婚したことで私は自由になったはず…なのに。


彼はもう私を見てもいない。


新しい妻だけを見ている。


新しい家族を見ている。


新しい人生を幸せそうに生きている。


それなのに私は、まだ彼の背中を見つめている。


ある夜、鏡の中の自分に問いかけてみた。


「いつまで、あの人を見続けるの?」


答えは返ってこなかった。


けれど、気づいた。


私は元夫を今も愛しているのではなく、


元夫に愛されていた頃の自分を、彼を愛していた自分を、まだ失いたくないのかもしれない。


あの人の妻だった。


誰かに必要とされていた。


一緒に笑っていた。


それを全部、離婚と一緒に置いてきたつもりでいた。


でも本当は、何も置いてはこれなかった。


だから私は、元夫の影から出られないのだろう。


翌朝。


カーテンを開けると、眩しいほどの光が部屋に入ってきた。


私はiPhoneを手に取った。


元夫の名前を検索しかけて――やめた。


画面を閉じた。


そして、窓を開けた。


冷たい風が頬に触れた。


元夫がどこで誰と暮らしていても、もう私の人生ではない。


そう思える日は、まだ来ない。


それでも。


今日だけは、彼のいる場所ではなく、自分のいる場所を見てみようと思う。


影は、光の反対側にしかできない。


それならば、いつか。


私が自分の光を見つけたときに。


この長い影も、きっと少しずつ短くなる。


元夫のいない未来を想像してみた。


そこにはまだ、何もなかった。


でも――


何もないということは、


これから見つける新しい何かを、直ぐに始められるということだ。

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