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神明再就職支援センター ~リストラされた神様たちの、ゆるゆる就活戦記~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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PPT地獄、雷鼓からスライドへ

安全対策会の前日、深夜の支援センターオフィスには、青白い蛍光灯の下で二人の人影が残されていた。雷神と尚羅夢である。彼らの前に置かれたノートパソコンの画面には、PowerPointの真っ白な新規スライドが開いている。

「さて、発表資料を作成します」

羅夢の声は疲労の色を帯びていたが、淡々としている。時給は深夜割増とはいえ、この作業が業務時間内に収まる見込みは薄い。

(コンセプトの衝突:「雷霆の美学」vs「静電気管理」)

「ふむ……」

雷神は顎に手を当て、深遠な表情で画面を見つめていた。彼の頭の中には、既に壮大なプレゼンの構想が浮かんでいる。

「我が雷霆らいていの本質より説き起こすとしよう」彼は宣言するように言った。「まずは、雷鼓の音色が天地に響き渡る古の時代より──」

「ダメです」

羅夢の即答が、雷神の構想をぶった切る。

「会議のテーマは『安全対策』です。『雷霆の美学』は、少なくとも『稲妻便』の社内会議では求められていません」

「なにっ!? では、何を語ればよいのだ!」

羅夢は、事前に準備したメモを見せる。

「タイトルはこれです:『静電気蓄積の原理と屋外作業におけるリスク管理~ある配達事故を事例として~』」

雷神はその長ったらしいタイトルを一瞬で理解できず、目をぱちぱちさせた。

「……静電気? わが雷霆を、ただの『静電気』と呼ぶのか?」

「人間の理解できる範囲で説明する必要があります。ですから、まずは一般的な静電気の仕組みから説明し、それがどのように『異常な気象現象』に見えるほど増幅され得るか──理論的に説明します」

「理論的に……!」

雷神は唸った。彼にとって雷は、理論などではなく、意志そのものだった。それを「電荷の分極」や「絶縁破壊」といった言葉で説明するのは、詩を数式に翻訳するようなものだ。

しかし、羅夢は動じない。時給と締切が彼を駆り立てる。

「では、構成です。1.事案概要。2.原因分析(静電気観点)。3.再発防止策。4.今後の取り組み。以上を10分で」

(アニメーション災害と、本物の「稲妻」効果)

作業は難航した。雷神が文字を入力するのに一苦労なのは言うまでもない。ローマ字入力の「RAITEI」がなぜ「雷霆」ではなく「ライティング」と出てくるのか理解できず、イライラが蓄積していく。

そして、彼は「アニメーション」の機能に目をつけた。

「この文字が、雷光の如く飛び出してくるようにできぬか?」雷神が、タイトル文字を選択しながら熱心に尋ねる。

「アニメーション追加で、『飛び込み』効果ならありますが……」

「それだ! まさに雷光のごとく!」

羅夢がため息をつきながら「飛び込み」効果を設定すると、雷神はさらに要求した。

「色は青白く! そして、音も欲しい! 雷鳴のごとき音を!」

「音声効果は……『ブーン』か『パチッ』くらいしかありません」

「なに!? それでは雷霆の威厳が足りぬ!」

雷神は自分で効果音を探そうと、設定メニューを次々とクリックする。だが、彼の操作は荒く、重い。一度、二度……三度目に、PowerPointはついに耐えきれず、真っ白な画面を表示したかと思うと、

「このアプリケーションは応答を停止しました」

のダイアログが現れた。

「な、なにが起きた!?」雷神が叫ぶ。

「落ちました。強制終了です」

再起動。データは自動保存されていたが、雷神の苛立ちは頂点に達していた。四度目の操作中、彼は思わずノートパソコンのアルミボディを握りしめた。その瞬間、

パチッ!

小さな静電気の火花が、彼の指先からパソコンへと跳んだ。画面が一瞬、青白く光ったかと思うと、先ほど設定した「飛び込み」アニメーションが、本物の稲妻のようにジグザグに動きながら文字が飛び出してきた。

「おお!?」雷神は驚き、そして喜んだ。「これだ! これが我が雷霆の──!」

「雷神さん! 離れてください!」

羅夢は咄嗟に雷神の手を引き離した。画面の稲妻アニメーションは、パソコンのグラフィック処理能力を越えた異常な動きを続け、ついにまたもや固まり、真っ青なエラー画面を表示した。

「……神気が、機械に……入り込んだ……?」雷神は自分の手の平を見つめた。

「お願いですから、触らないでください。データが飛びます」

結局、アニメーションは全て削除され、地味な「フェードイン」に統一された。雷神は不満そうだったが、羅夢の「アニメーションが原因でまた落ちたら、締切に間に合いません」という現実的な脅し(事実)に屈した。

(リハーサル:神語からビジネス語へ)

資料が形になり、リハーサルが始まった。雷神は、羅夢が作った原稿を懸命に読もうとする。

「『諸君しょくん雷電らいでんは敵にあらず、むしろ友なり……』」

「違います」羅夢が即座に訂正する。「最初は『各位かくい、静電気は日常的に発生する現象ですが、適切な管理が必要です』です」

「……『各位』……」雷神はその言葉を噛みしめるように繰り返す。「……『適切な管理』……」

彼には、この言葉がまるで呪文のように感じられた。自分の本質を、無味乾燥な「管理」の対象として語る言葉。

スライドが進み、事故の分析画面になる。雷神の表情が少し苦くなる。

「『本例においては、感情の高ぶりに伴う無意識の神気……』」

「『本例においては、作業達成時の感情の高揚により、身体的な静電気蓄積が加速し、これが周囲の環境要因と重なり……』に直してください」

「…………『身体的な静電気蓄積』……」

リハーサルはそうして進んだ。雷神の壮大で詩的な表現は、次々と「適切な管理」「リスクヘッジ」「PDCAサイクル」といったビジネス用語に置き換えられていく。彼の顔は次第に、一種の諦念に似た表情になっていた。

(鬼塚の査閲:最も重要な指摘)

深夜零時を過ぎ、なんとか完成したスライドを、翌朝、鬼塚室長が査閲に訪れた。

彼は一言も発せず、モニターに映し出されるスライドを、一枚一枚、冷徹な目で見ていった。原因分析の図、再発防止策のフローチャート、今後のアクションプラン……雷神は緊張して喉を鳴らした。

全てのスライドが終わり、室内に沈黙が流れた。

鬼塚はゆっくりと口を開いた。

「スライド7枚目」

「はい!」雷神が reflex で答える。

「円グラフの配色が、『稲妻便』のコーポレートカラーマニュアルに準拠していない。社のVIビジュアル・アイデンティティは、黄、黒、グレーの3色。このグラフでは緑が使われている」

「…………は?」

雷神は理解できなかった。雷霆の理も、安全対策も、再発防止策も全て飛び越えて、なぜ色が問題なのか。

「修正せよ」鬼塚はそれだけ言い残し、去っていった。

雷神は、スライド7枚目を見つめた。「再発防止策の優先度」を示す円グラフ。確かに、分かりやすくするために、彼(というより羅夢)は色分けした。「装備の徹底」が青、「報告義務」が緑、「感情管理」が橙。

「……この……色が……だめ……なのか?」雷神の声は虚ろだった。

「ダメです」羅夢がそっと答える。「VIに準拠していません。黄色、黒、グレーで塗り分け直します」

雷神は、まるで全ての力が抜けたように、椅子にどさりと座り込んだ。千年の時を生き、雲の上で雷霆を司ってきた神の価値が、円グラフの配色の是非にまで落とし込まれる現実。彼には、この「ズレ」が、あまりにも大きく、あまりにも矮小に感じられた。

(発表会当日、そして停電)

発表会当日。会場は「稲妻便」本社の小規模な会議室。長いテーブルを挟んで、営業所長、安全衛生管理者、人事担当らが厳しい面持ちで座っている。彼らの後ろには、「安全第一」と書かれたポスターが貼られていた。

雷神は、羅夢が用意した黄黒グレーのスライドを見ながら、原稿を読み上げる。声は緊張で硬く、時々噛むが、大きな間違いはない。

「……以上が、私、武甕槌命の起こした事故の分析、および再発防止策であります」

最後の言葉を発し、雷神はほっと胸を撫で下ろした。どうやら、10分の制限時間も守れたようだ。

質疑応答の時間。安全衛生管理者が口を開こうとした、その時だった。

プツン。

会議室の照明が、一瞬だけ消えた。そしてすぐに戻る……かと思いきや、今度はパソコンとプロジェクターが一斉にシャットダウンした。エアコンの送風音も止み、室内は不自然な静寂に包まれた。

「停電……?」

「本社ビル全体ですか?」

社員たちが窓の外を見やる。ビル街の明かりは、いつも通りに輝いている。どうやらこのビルだけ、あるいはこのフロアだけが停電したらしい。

緊急灯がぼんやりと光り始める。薄暗がりの中、雷神の顔がわずかに青白く浮かび上がる。彼は自分の手の平を見つめていた。無意識に、ほんのわずかだが、神気が漏れていたのだろうか? だが、それは自分でも制御できない、反射のようなものだった。

「申し訳ありません! ただいま状況を確認します!」

営業所長が慌ててスマートフォンのライトを点け、外へ駆け出した。

薄暗い会議室で、残された社員たちと、雷神と羅夢が黙り込む。

プロジェクターのスクリーンには、停電前の最後のスライドが、かすかな残像のように焼き付いているように見えた。黄と黒で塗り分けられた円グラフが、闇の中に浮かび上がる。

雷神は、暗闇の中でそっと拳を握りしめた。彼の新しい戦場は、スライドであり、円グラフであり、そしてこのような突然の停電さえも、「自分に関係ない」と言い切れない、曖昧な世界だった。

羅夢は、カバンの中から懐中電灯を取り出し、そっとテーブルの上に置いた。光の輪が、黄黒の円グラフを照らし出す。

(時給1300円……これも、業務範囲内なのか……)

彼は心の中で呟き、停電の原因を推測し始めた。ビル全体ではなくこのフロアだけ? 雷神の神気が、たまたまこの部屋のブレーカーに影響した可能性は? それとも、単なる偶然か?

社員たちのざわめきが聞こえる。

「またあの雷雨の日みたいなのか?」

「あの時は変な配達員が来てたよね……」

雷神は、そのざわめきを聞きながら、目を閉じた。暗闇が、彼を少しだけ落ち着かせた。電気のない、音のない、スライドも円グラフもないこの一瞬が、なぜか千年の時を生きてきた自分に、わずかながらの安らぎを与えるように感じられた。

そして、彼は気づいた。停電した今、彼の原稿も、VIマニュアルも、円グラフも、すべて意味を失っている。ここにあるのは、ただの暗闇と、人間たちの不安な息遣いだけだ。

(ならば……)

雷神は、ゆっくりと目を開けた。緊急灯の薄明かりの中、彼の目がかすかに青白く光った。

次の瞬間、

パチッ、パチパチッ!

会議室の天井にある、非常用誘導灯が、突然、激しい閃光を放ち始めた。それは規則的な点滅ではなく、まるで痙攣するかのような、不規則な激しい閃光だ。

「うわっ!?」

「な、なに!?」

社員たちが驚いて声を上げる。閃光は、闇と静寂を一瞬で破り、無意味な光の洪水で部屋を満たした。

雷神は、無意識に、ほんのわずか漏れた神気が、非常用電源の回路に干渉したらしいと悟った。だが、今さら止められない。

羅夢は、閃光の中、ダメ人間目で雷神を見た。雷神は、ほんの少し、いたたまれなそうな顔をしている。

(……円グラフの色より、こっちの方が問題だ……)

羅夢は心の中でそう思った。

ビル全体の停電は10分ほどで復旧した。だが、この会議室の非常用誘導灯だけは、その後もしばらく、時折むせび泣くように不規則に光り続けたという。電気工事業者が点検しても原因はわからず、「経年劣化による偶発的故障」と報告された。

もちろん、雷神と羅夢は、その「偶発」の中身を知っていた。発表会は、結局、再発防止策の内容よりも、「停電と誘導灯の故障」という新たなトラブルの印象が強く残る形で幕を閉じた。

営業所長は最後に、複雑な表情でこう言った。

「……とにかく、安全対策、しっかりやってください。あと、なんだかんだで……元気そうで何よりです」

雷神は、その言葉が褒め言葉なのか、はたからかみなのか、判断できずにただ深く頭を下げた。

帰り道、羅夢はスマホで経路検索をしながら、そっと言った。

「次は、『電子機器への意図しない影響とその防止策』についてのレポートが必要かもしれませんね」

雷神は、ただ黙って空を見上げた。曇天の空の向こうに、彼の故郷がある。

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