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神明再就職支援センター ~リストラされた神様たちの、ゆるゆる就活戦記~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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6/15

「配達業務における異常気象現象発生の顛末報告書」作成記

安全対策会の前日。神明再就職支援センターのオフィスは、異様な緊張感に包まれていた。

中央のデスクに、雷神が厳しい表情で座っている。彼の前に広げられたのは、上質な和紙と、硯、それに熊毛の立派な筆だ。どうやら、彼は「報告書」を本気で「奉書」として作成するつもりらしい。

「……よし」

雷神は深く息を吸い、筆にたっぷりと墨を含ませた。そして、威厳をもって筆を走らせ始める。

『臣、雷神、謹んで申し上げる。天つ職を奉じ、下界の運送業「稲妻便」に服す。然るに、天威測り難く、偶々泄漏す。これにより祝融の神(火神)、隙を窺いて乱を為し、水官の器(消防の装置)、これに感应して発す……』

漢文調の、荘厳な文体。事故を「天威の泄漏」と表現し、消防スプリンクラーを「水官の器」と呼ぶ。末尾には、「深く反省し、以て再び過ちなからんことを祈る」との結び。巻物のようにして乾かすと、雷神は満足げにうなずいた。

「これで良かろう。わが真心、伝わるはず」

(鬼塚、即座に破棄)

その「奉書報告書」が鬼塚室長のデスクに提出されたのは、午前10時のことだった。

鬼塚は一言も発せず、巻かれた和紙を受け取ると、ぱらりと広げ、目を走らせた。その表情は、岩石のように動かない。

3秒後。

彼は静かに立ち上がり、オフィスの隅にある大型シュレッダーまで歩いていった。シュレッダーの電源を入れ、機械が唸りを上げる。

そして、雷神が心血を注いだ和紙を、端から、ゆっくりと、確実に、投入口へと差し込んだ。

ザザザザザ―――!

「な……なにをする!?」

雷神の声が上がる。シュレッダーは彼の漢文報告書を、細長い紙片へと変え、下方の収集ボックスに吐き出していた。

鬼塚は振り返り、冷たい目を雷神に向ける。

「時代錯誤も甚だしい。これは報告書ではない。博物館の資料だ」

「だが、わしの誠意――」

「誠意は、フォーマットに従って書かれた事実と対策で示す」鬼塚の声は鋭い。「尚羅夢。テンプレートを渡せ」

「はい」

羅夢はあらかじめ準備していたノートパソコンを開き、雷神のデスクに置いた。画面には、Excelで作成された『事象報告書(5W1H様式)Ver.3.2』が表示されている。

(Excelテンプレートとの格闘)

ファイルには、以下のセルが用意されていた。

Whenいつ:年月日・時間

Whereどこで:発生場所(住所・店舗名)

Who(誰が):当事者(配達員名)

What(何が):発生した事象

Whyなぜ:原因分析

Howどのように:発生経過・影響

再発防止対策(具体的な行動計画)

関係者への周知方法

「これを記入してください」羅夢が説明する。「特に重要なのは『Why(原因)』と『再発防止対策』です。事実に基づき、簡潔に」

雷神はExcelの画面を、初めて見る敵の陣形図を見るような目で睨んだ。

「この……升目に……文字を……?」

「セルと言います。ここをクリックして、入力します」

雷神は恐る恐るマウスに手を伸ばした。巨大な手で小さなマウスを握りしめ、カーソルをゆっくりと動かす。クリックする力加減がわからず、最初のクリックは「カチン!」と大きく響いた。

Whenのセルに、彼は「令和五年 五月 晝の刻」と入力しようとしたが、変換がうまくいかず「令和五年 五月 ひるの刻」となった。

Whereはまだしも、Why(原因) の欄で、彼は悩んだ。

彼はゆっくりと、一文字ずつ打ち込んだ。

『配達達成の歓喜により、神気が昂り、無意識に雷雲を形成。その一部が放電し、付近の不浄なる油に引火したため。』

一応、事実だ。だが、これが人間の上司に理解されるとは思えない。

(「再発防止対策」の神界的発想)

そして、最も重要な『再発防止対策』欄。

雷神はここで、本領を発揮した。神としての知恵を絞り、真剣に考え抜いた対策を、力強く入力していく。

一、配達担当区域(渋谷区周辺)に、小規模避雷針陣を設置し、余剰雷気を安全に大地へ導く。

二、配送前の「情緒安定法」を開発。出発前に短時間の瞑想を行い、『般若心経』の誦唱により神気の平静を保つ。

三、雨天時は、予め雷雲を招集し、指定された配達路線上で順次放電させ、危険な「偶発的雷」を事前に除去する「安全ルート確保作戦」を実施。

書き終えた雷神は、少し誇らしげな表情で羅夢を見た。「どうだ? これで万全であろう?」

羅夢はその文章を読み、ダメ人間目でじっと見つめた。そして、そっとため息をつき、額に手を当てた。

「……まず、一つ目の『避雷針陣』ですが……予算はどれくらいお考えですか?」

「予算?」雷神はきょとんとする。「わしが雲から鉄柱を降ろせば良いだけでは?」

「鉄柱を地面に固定するには土地の使用許可が必要です。電気工作物の設置には『電気事業法』に基づく申請と検査が義務付けられています。渋谷全区に設置するとなると、費用はおそらく……数億円単位です」

「な……数億……!?」

「二つ目の『般若心経』ですが」羅夢は淡々と続ける。「『稲妻便』は特定の宗教を信奉する企業ではありません。業務中に特定の経文を唱えることを義務づけると、『宗教的強要』と見なされ、ハラスメント訴訟のリスクがあります」

雷神の顔が青ざめる。

「三つ目の『安全ルート確保作戦』は、気象操作と公共の危険にあたる可能性が極めて高く、規範第15条と刑法第208条(暴行罪)に抵触します」

「…………」

雷神は無言で、自分の提案した「対策」を見つめた。神としての常識が、人間界の法と金とリスク管理の壁に、ことごとく跳ね返される。

「では……どうすれば……」

「対策は、実行可能で、コストがかからず、法的リスクがなく、かつ記録に残るものでなければなりません」

羅夢はそう言うと、キーボードを引き寄せ、雷神が入力した文章をバックスペースで消し始めた。雷神は「おい、待て!」と抗議したが、羅夢の手は止まらない。

新しい文字が入力されていく。

【再発防止対策】

1. 安全装備の徹底:業務中は必ず絶縁性の高いゴム手袋を着用し、静電気対策を講じる。

2. 天候に応じた事前報告:曇天・雨天など気象が不安定な状況下での配達開始前には、必ず営業所へ状況を報告し、指示を仰ぐ。

3. 感情マネジメントの実施:配達達成時など感情が高ぶりそうな場面では、一旦停止し、深呼吸(3秒吸って、7秒吐く)を行うことで冷静さを保つ。

「……ゴム手袋……報告……深呼吸……」

雷神は、その陳腐とも思える対策文を、呆然と読み上げた。

「これが……わしの『再発防止対策』……?」

「これが、人間界で通用する『対策』です」羅夢は断言する。「派手ではありませんが、誰にも文句を言われず、かつ実際に事故を減らす可能性が高いです」

(神力残留の紙片)

結局、報告書はほぼ羅夢の手で完成した。雷神は、最後の仕上げとして、印刷を任された。

印刷ボタンを押す際、彼はまたしても少し力が入りすぎた。パソコンが「カチッ」と不気味な音を立て、プリンターが動き出す。

出力された報告書は、A4用紙5枚。内容は無難にまとまっている。しかし、よく見ると、用紙の縁がわずかに焦げている。特に「雷神」と署名された最終ページの余白部分は、薄茶色に変色し、紙がひび割れている。

どうやら、印刷時に雷神の悔しさや焦りがわずかな神気として漏れ、用紙の端を過熱させたらしい。

「……これで、良いのか?」

雷神はその少し焦げた報告書を手に取り、複雑な表情で眺めた。そこには、漢文の荘厳さも、避雷針陣の壮大さもない。ただ、ゴム手袋と深呼吸と報告義務が、箇条書きにされているだけだ。

「これで十分です」羅夢は言った。「安全対策会では、この報告書に基づいて説明します。パワーポイントも、この内容で作成します」

「……そうか」

雷神は、焦げた報告書をクリアファイルに丁寧に挟み込んだ。そのファイルの表紙には、自らマジックで『雷神、再起への道』と、力強く書いた。

鬼塚室長が通りかかり、そのファイルを一瞥した。焦げた紙の端が見えている。

「……紙が焦げているな」

「あ……これは……」

「会議では、そのファイルは開けるな。中身のコピーを配布用に用意しておけ」

「……はい」

鬼塚はそれ以上何も言わず、去っていった。

オフィスの窓から、夕日が差し込む。雷神は焦げた報告書をファイルにしまい、明日の安全対策会に思いを馳せた。

彼のデスクの上には、シュレッダーにかけられた漢文報告書の細い紙片が、ほんの少し、風に吹かれて舞っていた。古い時代の神の言葉が、現代の事務処理によって細断され、ゴミとして捨てられる運命にある。

(パワーポイント……か)

雷神は心の中で呟く。

(わしの過ちを、あの光るスクリーンに映し出すのか……)

その時、彼のスマートフォン(鬼塚から支給された、ごく普通のAndroid端末)が震えた。『稲妻便』営業所からのメールだ。

『明日の安全対策会について(最終案内)』

本文には、会議室の場所、時間、そして最後に一行。

『発表時間は、一人あたり10分です。質疑応答を含め、超過はご遠慮ください。』

10分。

雷神は、千年の時を生きてきた神として、10分という時間の短さを、改めて痛感した。

羅夢は隣のデスクで、明日のパワーポイントの最終チェックをしている。スライドには、雷神の焦げた報告書のデータが、きれいなグラフと箇条書きに変換されて並んでいる。

オフィスの片隅で、貧乏神がこっそりと雷神に近づき、小さな包みを差し出した。中には、新しいゴム手袋(100円ショップで買ったもの)が入っている。

「……これ、予備です。私が触っていないので……たぶん、大丈夫だと思います」

「……ありがとう」

雷神はその手袋を受け取り、明日の10分間が、自分にとってどんな時間になるのか、想像もできなかった。


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