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初心に帰るグレソちゃん

 すでに日は暮れかかっている。

 夕日を受けて赤く染まった地面の上に、鈍色の籠手が両手分。


「よし、やろう」


 鍛冶屋アングルが、普通の人間なら負荷に耐えられず手が粉砕されると言っていた籠手、それを思い切ってつけてみる。

 グレートソードという普通の人間なら重さに耐えられないものを振り回しているのだから、やれる。私はやれる!


 カチャカチャといい音を立てながら、私は両手に籠手を装着した。


「……なんともな……うぅぅぅっ!?!?」


 持ち上げかけた手に、一気に凄まじい重力がかかってきた。

 とてつもない力が手を押し下げ、両手が地面にびったりと張り付いたようだ。


「く……くぅ……すご、い、これ……! 嘘じゃない、アングルの話。手を象に踏まれてるみたいな、しかも一本じゃなくて四本の足全部で踏まれてるみたいだ……!」


 籠手を抱えている時は、普通の金属の籠手の重さだった。

 つけた瞬間、私の手にこの重さが作用するのは、まさに呪いの装備、いや魔法の装備ってポジティブに私は呼ぶぞ。


「は……あ……ああああああ!!!!」


 気合を入れて両手をゆっくりと持ち上げる。

 腿と尻に力を入れて、ゆっくりと腰をあげていく。

 そしてついに真っ直ぐ立つことに成功した。


「ふぅー…………よし、耐えられた!」


 手と腕は当然のこと、それを支える足腰も常に油断せず力を込めていなければならない。だが、全力でやれば今の私はこの籠手に耐えられる。

 籠手をつけたまま歩き回ると、腕を降る遠心力でさらに大きな力がかかる。これはしばらくはおしとやかに歩かなきゃ無理そうだ。


 だが! いずれ!

 これをつけたまま大きく手を振って行進できるまでになってやる。


「グレソちゃん! 晩御飯できたわよー!」


 籠手の出来に大満足し明るい未来に希望を抱いていると、お母さんが窓から庭の私を呼んだ。


「はーい! 今行くー!」


 食卓には豆のスープとサラダ、鹿肉のソテー、パンと今日も美味しそうだ。

 私とお母さんとお父さん、3人で食卓を囲んで『いただきます』。


 私はスプーンを持って、まずはスープを――カチャ。

 スープ……を……カチャカチャ、あっ!

 スプーンが傾いてスープが器の中に戻っていく。


「スープ……が……重い……」

「あの、グレソちゃん。なんで晩御飯食べる時に籠手つけてるのかしら?」


 お母さんがご指摘の通り、私はこの籠手をつけて食事をしている。

 当然だよね、常住坐臥、座る時も歩く時も食事の時も睡眠の時も、常にやってたほうが効果は大きいんだから。

 特に最近は私の中で、グレートソードを軽々扱えるっていう驕りと油断が生まれつつあった。それを戒め、まだまだ自分は青いと初心に帰るためにも、ずっとこうしてないと。


「ありがとうお母さん、私がご飯食べられないかもって心配してくれて。でも、私やるよ。この重い重い籠手でも食べてみせる」

「そういうことじゃないんだけど……」


 お父さんがお母さんの肩をポンとして首を横にふった。どういうことだろう。

 まあ、夫婦には夫婦の世界があるってことだろうな、うん。


 子供には子供らしくお母さんのご飯をお腹いっぱい食べるのみ。気合い入れっぞ!


 重すぎて腕がプルプルしてスープがこぼれちゃうんだよね。

 これを止めるためには、


「すううううう…………」


 深呼吸して、オヘソの下に力を入れ、全神経を手に集中する。

 そして豆のスープをすくい、ゆっくりと油断せず、口に運んでいく。

 スープ皿から離れたら、こぼせばお母さんが作ってくれたスープが無駄になってしまう。絶対に失敗はできない。


 うおおおおおおお!と心の中で叫びながら、スプーンを口の中に運んだ。


 できた! 食べられた! そして!


「お、おいしいいいいいいい!!!!」


 な、なんて美味なんだこのスープ。

 いつも美味しいけど、輪をかけて、過去最高に美味しく感じる。

 

 食べるのに苦労したからかな、きっと。

 苦労は最高のスパイスって言うしね、油断すると手が粉砕されるほどの苦労に耐えながら食べるんだから、スパイスを一瓶かけたくらい美味しくなったんだよきっと。


「そんなに喜んでくれるならまあ、いいかしら」

「一度走り出したらグレソちゃんは止まらない。俺達が一番よくわかってるしな。ガハハ。なんなら俺もグレートソード使いたくなってきたくらいだ」

「あらあなたも? お隣のパンさんちも剣の練習を始めて毎日鍛えてるところだって言ってたし、うちの村にブームが起きてるかも」

 

 そのセリフを聞き逃す私ではない。


「それすごい! 皆でグレートソード使ったら最高の村になるね!」

「よその町から来た人が驚く顔が見てみたいな、ガハハ」

「ええ、楽しそう、うふふ」


 こうして籠手をつけて鍛えつつ、私たちは楽しい一家団欒を送ったのだった。




 ――1ヶ月後。


 私は庭の地面に置かれたグレートソードの前に立っていた。


 今日こそいける気がするんだ、籠手をつけたまま、グレートソードを振れることが。


 今では手を大きく降って行進できるくらい籠手に適応したけれど、ここまで1ヶ月もかかってしまった、予想以上の負荷の重さだよね本当に。

 でも、だからいい。だからこそ鍛えられる。

 昔みたいに、毎日体が限界になってることをこの1ヶ月は感じられた。

 それでこそ、強くなれるというものだ。


「よし、それじゃあグレートソードを……」


 籠手を身に着けるために地面に置いていたグレートソードの柄を私は両手で持った。

 そして力を込めていくが、……やっ、ぱり……なんて重さ!


 何年も前にグレートソードを持ち上げようと悪戦苦闘していた頃を思い出す。

 だけど、あの時も持ち上げられたんだ、全力でえええええええ!


 全身全霊を込めると少しずつグレートソードは持ち手の根本から浮いていき、ついには剣の切っ先まで持ち上がった。それを少しずつさらに上げていき、剣を立てた状態まで持っていく。

 腕がぷるぷる震える、油断すると子鹿状態になりそうな足を踏ん張る。そして私は、全身の力を総動員してグレートソードを振り下ろした!


「……素振りが、できた」


 ぶおん、と重たくゆっくりとした一振りは今の私からするとあまりにも遅く貧弱な斬撃だった。だけど。


「私はやったんだあああああ!」


 私は最高の気分だった。

 初めてグレートソードを持ち上げられた日と同じように。


 これで――これであの頃みたいに鍛え続ければ、私は、さらなる高みに昇っていける! グレートソードに真にふさわしい力を手に入れられる!


 ああ、なんて晴れやかな気分。

 その上――。


 ちらり、と私は庭の上に置かれているもう一つのものに目を向けた。

 そこにあるのは鈍色のすね当て。鍛冶屋アングルが作ってくれた、新たなる私のための魔法の防具。


 これを身につければ、さらに負荷をかけてさらに鍛えられる。

 そしてさらに甲冑の他の部分も次々に作っていけばどんどん負荷を増やしてどんどん体を虐め抜いてどんどん鍛えられて……。


「ふふ、ふふふふ、ふふふふふふふふ」


 やろう、最強のグレートソード使いになるために!






 ――そして、月日は瞬く間に流れ五年後。

 グレソちゃんは16歳になっていた。


 ガシャ、ガシャ。

 ガッシャ、ガッシャ。


 なんの変哲もないロソク村のなんの変哲もない家の庭に、重い金属がこすれる音が響いていた。


 ガシャン!


 そこにいるのは成長した美しい女性の姿――ではなく。

 脚も手も腕も胴も、体全てを隙間なく覆う鈍色のプレートアーマーを装着し、頭には顔全体まで覆うバケツのようなグレートヘルムをかぶった、重厚な鎧騎士の姿だった。


 もちろん、肩に担ぐはグレートソード。



ここまでお読みいただきありがとうございます!

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