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【エッセイ1話完結】生命を切り刻む作業

作者: ワトソン
掲載日:2026/01/03

勘違いをしていた。


大きな勘違いを。


父は言った。


作家になりたい俺に。


「作家は生命を切り刻んで書く作業だ」


俺はその言葉を大きくはき違えて捉えてしまっていたのだ。


父の言葉の意味合いとして、


作家は、自分の経験や、体力、引き出しを使って書くことを、生命を切り刻んで書くことであると表現していたつもりだった。


俺は何を勘違いしたのか、


作家になるには、生命を切り刻む行為そのものが作家になるため必要なことと考えてしまったのだ。


だから俺は生命を切り刻むにはどうしたらいいか考えた。


体力がなくなるような事。


寿命が縮まるような事。


自分を苦しめられる行為。


それらを考えまずは自給自足の生活をはじめようと考えた。


家で栄養満点な満足な食事をとったらダメだ。


もっと不健康にならないと。


もっと生命を使って生活しないと。


川へ行った。


釣った魚だけ食べて生活するんだと心に誓った。


釣りを長らくやっていると、俺クラスの腕前になると地元の川では、どのポイントにどう投げ入れれば釣れるかは簡単にわかった。


でも簡単に釣れてもいけない。


もっと生命を使わなくては。


もっと苦労しなくては。


そう思い、ルアーの針を返しのあるトリプルフックではなく、安全ピンに変えた。


それでも、魚は釣れてしまう。


じゃあ、火おこしだ。


火おこしで苦労すればいい。


だが手元には既に新富士バーナーがある。


これを使ったらルール違反にならないだろうか。


手持ちの包丁も。


簡単に魚をさばいて調理しても、苦労なんて全然ないじゃないか。


どうすれば苦労出来るだろうか。


どうすれば自分はもっと苦しめるだろうか。


そう考え。


魚を車のボンネットの上に置いた。


陽の光で魚は焼けないだろうか。


焼ける訳ないだろう。


外で何故か裸足になっていた。


太陽の日の光が俺をくそ熱く照らしていて。


石の山になっていたところのてっぺんまで、裸足で行き、魚持って天にかざした。


まるで、ラオウが昇天するかのように。


「我が生涯にいっぺんの悔いなし」


ではないが。


「俺はどうすれば自分の寿命を縮められるのだろうか」


と言っているかのように。


熱い太陽の陽の光を浴びて。


裸足でその場で考える。


何をやっても、生命を切り刻むことなんて出来ないじゃないか。


生命を切り刻めないのは、自分が人間だからじゃないのか。


じゃあ、人間を辞めよう。


今度は動物だ。


動物になって、苦労して生命を切り刻むことにしよう。


その日の夜。


これは妄想だが、川岸に生活する先客がいた。


そうあの、速水もこみちである。


もこみちは夜の川を泳ぎ。


草むらを四足歩行で歩き出し。


動物であるはずなのに。


車に乗り込む。


すると偶然通りかかった警察官言う。


「ちょっと、あなた今何をしているの?」


もこみちは、車の窓をウィーンと下げながら、


「今は獣です」


とだけ答える。


服も着ていない。


この夜の時間に不審な行動。


普通だったら警察に捕まるところなのに。


何故か警察官は納得したかのように。


「なあんだ、獣か。なら仕方ないね」


なんて言いながら、納得して帰っていく。


妄想ではあるが、俺はその光景を想像して。


あの有名人も、獣になる瞬間があるんだ。


俺も生命を切り刻むために、動物になって苦労し、作家になるんだ。


そう心に決め川岸の草むらの中に四足歩行で入り獲物を探す。


でも、自分が人間であることを忘れてはならない。


獣はいろんなものを食べるかもしれないが、俺のベースは人間。


最低限それは忘れないようにしよう。


そう考えた瞬間。


漫画を書こうと決意した。


結局書かないと作家にも、何にもなれないんだ。


何かになるためには、苦労と努力が必要なんだ。


とそこで、自分が幽遊白書の富樫義弘になった感覚におちいて。


もっていたスケッチブックに次々と漫画を描いた。


実際は妄想なので、漫画は描いていないが。


富樫義弘と化した自分は次々とスケッチブックに漫画という生命をふきこんでいく。


そして漫画は完成。


完成したのち。


ふと凄い感覚に苛まれる。


この漫画はやばい。


この漫画は危険である。


この漫画は社会にもたらす影響力、その大きさが本当にやばいのである。


まず、自分はこの漫画に生命をふきこんで描いた。


その大きさは計り知れない。


もしこの漫画のキャラクターやその後の運命で、アニメ化などを果たし、原作レイプなどにあったら。


ファンは、製作者を殺すかもしれない。


そして富樫義弘になった俺もしかりだ。


してしまった事の大きさに気付いて、俺--富樫義弘は。


こんな名作を世に生み出すわけにはいかない。


誰かが死ぬ。


俺も罪に問われる。


きっと争いが起きたら大事件になる。


それを予見した俺富樫義弘は、そのスケッチブックを川へと投げ捨てた。


何か大きな事件が起こる前に。


こんな名作は生み出しちゃだめなんだ。


だから、この作品とはもうさよならだ。


生命をふきこんだはずの漫画。


一筋の涙を流し、俺富樫義弘はその漫画との別れを告げた。


ここまで、俺はエッセイを書いて思うことがある。


おいおい。


生命を切り刻んで書くんじゃなかったのか。


生命は?


切り刻んだ?


作品は書いた?


そう自分に問う。


問いて思う。


あれ。


よく考えたら。


書いてるじゃん。


勘違いして始まった生命を切り刻んで書くということだったけど。


その勘違いが曲がりなりにも、今引き出しとなってエッセイを書いている。


どのエッセイも。


くだらないエッセイも。


おもしろいエッセイも。


感動的にかけたと思うエッセイも。


自分の作家になりたいという、遠回りの異常行動が、結局こうして筆を進ませている。


キーボードを意欲的に叩かせている。


この白紙だった、テキスト用紙に。


文章という旋律を次々に紡いで。


斬新なネタを書けているではないか。


俺は病気だ。


それは、認める。


でも、その病気が。


なりたい自分になれたわけではなかったけれども。


ほんの少しの応援してくれる人を感動させれるような文章をおれは書けているんじゃないかって。


だから思う。


病気になってよかったとは言わないけれど。


この病気になった体験や経験が出来て。


こういう文章が書けているんだって。


そこには胸を張って、誇りに思って、それを財産に思って。


それでいいと思う。


速水もこみちが獣になっている事実も。


富樫義弘が川に名作漫画を捨てた事実も。


何もそんな事実はないのだけれども。


俺という人間が、そのありもしない世界を垣間見て、それを面白おかしくエッセイに書けるというこの奇跡に。


病気に。


ありがとうって。


感謝したいと思う。


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