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【完結】断罪された伯爵令嬢、地獄で咲いた黒薔薇は王都を裁く  作者: なみゆき


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3/11

影に咲いた毒花

 かつて、最も信頼していた侍女がいた。

名はマリア。 朝の支度部屋、柔らかな陽光の中で、彼女は微笑みながら言った。


「お嬢様、今日の髪型はどうなさいますか? 少し巻いてみましょうか」


「お手紙、王都から届いております……」



その指先が、わずかに震えていたことに、私は気づかなかった。

――あの時、異変に気づいていれば。

あの震えは、忠誠が揺らいだ証だった。


私は、彼女を信じていた。

幼い頃から髪を編み、涙を拭い、私の秘密を守ってくれた人。


「マリアは、家族のようなものよ」


そう言った私の言葉を、彼女はどう受け止めていたのだろう。


だが、マリアの心には、静かに“隔たり”が生まれていた。

エリスの知性、品位、社交界での輝き――

それらは、領地を持たぬ男爵家の娘である彼女には、一生届かぬものだった。


(持参金も用意できず、婚約も調わない。 お姉さまは王族に嫁ぎ、エリス様が伯爵家を継ぐ。 私は、彼女の“影”なのかもしれない。どれだけ尽くしても、彼女の世界には入れない。)



そんな心の隙間に、リリアナが囁いた。


「あなたは、ただの侍女で終わるつもり? 彼女が失脚すれば、あなたは“証人”として、私が皇太子妃になったら、いいようにしてあげるわ。 給金も上がるわよ。 結婚だって夢じゃない。 これを機に、あなた自身の人生を変えてみない?」



マリアは迷った。忠誠か、自分の幸せか。


(彼女は、私を“家族”だと言った。 でも、本当にそうだった? 私は、ただの侍女でしかなかったのでは……? この屋敷に来てから、一度もドレスを着たこともない。 誰かに髪をすいてもらったこともない。)


その思いが、裏切りの一言を生んだ。


「お嬢様が地下室の書庫へ、おひとりで通っていたのを、何度も目にいたしました」

――裁判で響いたその言葉が、私を地獄へと突き落とした。



* **


 三年後――マリアは、かつて私を陥れたにもかかわらず、姉の手引きで格上の公爵家の侍女として働いていた。

表向きはリリアナの計らいによるもの。

だが実情は、公爵家を見張る“スパイ”だった。



私は、“ロゼ”としてその屋敷に潜入した。

目的はただ一つ。

かつて私を裏切った侍女――マリアに罠を張ること。


同僚たちと、何気ない会話を交わしながら、彼女の動きを観察した。

面白いほど、彼女の行動や思考は、私には手に取るように分かる。

それは、長年の信頼と裏切りの記憶が、私の中に刻まれているからだ。

 


だからこそ、私は先回りした。

彼女が通るであろう道に、少しずつ毒を――罠を仕込んでいった。



だが、それはあくまで“気づかれないように”という前提の上に成り立っていた。

私は目立たぬように動いた。

調合室の棚を整えるときも、廊下を通るときも、誰かの視線を避けるように。

マリアの視界に入らぬよう、彼女が背を向けた瞬間だけを狙って動いた。



* **


それでも、ある日―― ふとした瞬間に、マリアが私をじっと見つめているのに気づいた。

言葉もなく、ただ静かに、目だけが私を追っていた。


その視線に、私は息を呑んだ。

彼女は、何かに気づいたのかもしれない。


時間がない――そう感じた。

この計画は、長くは保てない。

罠は、完成させなければ意味がない。

その日から、私は動きを早めた。

証拠を揃えるために。

彼女の足元を崩すために。



そして、彼女の目が再び私を捉える前に、すべてを終わらせるために。



 * **


ある日、公爵夫人が突然倒れた。

原因不明の高熱と痙攣。

医師を呼ぶにも時間がかかる。

屋敷内は騒然とし、誰もが慌てていた。



私は、偶然を装って夫人の異変に気づいた。

冷静に症状を観察し、声を落として告げる。


「これは、病ではありません。 毒草〈アーリスの根〉による中毒症状のようです」


「でも……まさか、あの根を……なぜ?」


そう呟きながら、私はすぐに夫人に解毒処置を施した。

煎じた薬草を夫人に飲ませ、彼女の命をつなぎ止めた。


「夫人は…… 命は、助かります」


私はそう告げたあと、少し間を置いて言葉を継いだ。


「ですが、これは事故ではありません…… この屋敷に、違法薬物があるなんて」


声は低く、しかし確かに響いた。

誰もが息を呑み、視線を交わす。

その場に漂う空気が、目に見えぬ毒のように重くなっていくのを感じた。


 

 * **


私は毒の出所を調べることにした。

調合室の棚には、わずかに欠けた薬品の瓶の蓋が残されていた。

なぜかそこには、薬品瓶の本体は見当たらず、私は、屋敷内を隅々まで確認した。


そして、あるはずのない場所

――マリアの私室から、〈アーリスの根〉の乾燥片が入った瓶が見つかった。



そして、その証拠が決定的だったのは、マリアが調合室に入った記録。

私が“念のため”仕込んでおいた印付きの鍵が、彼女の持ち物から発見されたのだ。


それは、偶然だったのか。

それとも、必然だったのか。


誰もが「証拠が揃っている」と言った。


だが、その証拠が“誰の手によって揃えられたのか”を問う者は、いなかった。


「マリアさん……、あなたが夫人に毒を飲ませたのですね?」


私の声は、氷のように冷たく、鋭く、皆の前でマリアを断罪した。



「違う!仕組まれたの! 私は毒なんて――!」


かつての私と同じ言葉。

だが、誰も耳を貸さなかった。


そして私は、何も言わずにその場を離れた。

背中に感じる視線の中に、かつての自分がいた。



マリアは、騎士たちに囲まれ、叫び続けながら屋敷を後にした。

公爵家の廊下に響いた足音は、彼女の人生が音を立てて崩れていく音にも聞こえた。



 * **


その後の取り調べで、マリアが夫人に毒を仕込んだとされる証拠が次々と見つかった。

瓶の欠片、鍵の印、調合室の記録

――どれもが、彼女の罪を裏付けるものだった。



誰もが「間違いない」と言った。

誰もが「仕組まれたのでは?」とは言わなかった。



幸いにも、公爵夫人は命を取り留めた。

麻痺は残ったが、殺人ではなく毒殺未遂とされたことで、マリアは処刑を免れた。

だが、彼女の名は貴族社会から完全に抹消された。



行き場を失った元侍女に残されたのは、冷たい鉄格子と、誰にも顧みられぬ日々。

持参金も、華やかなドレスも、夢も希望も

――すべて不要な生活に戻っただけだった。


その瞬間、私は背を向け、誰にも聞こえぬように呟いた。


「地獄は、ここからよ――マリア」



――《復讐計画:対象① 完了》

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