裁かれた令嬢
名門薬草家の伯爵家令嬢として育ち、薬学に秀でた才女・エリス。
しかし、実姉と婚約者の陰謀により冤罪を着せられ、貴族籍を剥奪された彼女は、死よりも過酷な収容所へと送られる――。
レイノルズ伯爵家は、代々薬草学と調薬術を家業としてきた。
王都の薬師たちの間でも、その名は一目置かれる存在であり、かつては王宮御用達の薬を納めていたこともある。
父は、厳格な人だった。 言葉少なで、表情を崩すことは滅多になかったが、薬草に関しては誰よりも深い知識と技術を持っていた。
私は幼い頃から、そんな父の傍らで、薬草の乾燥方法、煎じ方、毒と薬の境界線について、ひとつひとつ教わってきた。
「エリス、薬は刃物と同じだ。使い方を誤れば、人を救うどころか、命を奪う」
「……はい、お父様。必ず、正しく使います」
姉のリリアナは、家業にはまるで興味を示さなかった。
彼女の関心は、ドレスや宝石、舞踏会といった華やかな世界にあり、社交界での立ち居振る舞いと美貌が評判を呼び、やがて第一王子妃候補として名が挙がるようになった。
私は家業を継ぐ覚悟を決め、本格的に薬学の修練に打ち込んだ。
古文書を読み漁り、薬草園に足しげく通い、時には山に分け入って自ら薬草を採取した。
調合室では、代々受け継がれてきたレシピ帳を片手に、何度も失敗を繰り返しながら薬を作った。
そんなある日、両親が王都郊外の薬草視察から戻る途中、馬車の事故で命を落とした。
あまりに突然の出来事だった。 屋敷は静まり返り、リリアナは泣き崩れ、私はただ呆然と立ち尽くしていた。
「……私が、継がなければ」
誰にともなく、そう呟いた。 あの瞬間から、何かが変わった。
感情を押し殺し、ただ前を向くことを覚えたのは、あの時だった。
そして今、私はこの場に立っている。
罪人として、断罪されるために。
「エリス・レイノルズ。違法薬物および人身売買の罪により、貴族籍剥奪、全財産没収、生涯労働収容刑を命ずる」
王城の大広間が、時を止めたかのように静まり返った。
玉座の前で、リリアナが涙を浮かべて叫ぶ。
「違うのよ!エリスはそんなことする子じゃない!お願い、再審を――!」
その声には、どこか芝居がかった響きがあった。
元婚約者のラウルは肩をすくめ、冷ややかにため息をついた。
「君がそんな危険な女だったとはね。心底、残念だよ……いや、哀れだ」
私は、黙って二人を見つめた。
(リリアナ、あなたが仕込んだ偽の文書。私が違法薬の密売に関与しているという捏造。 マリア、震えながら私を裏切った証言。――忘れない)
証拠も、証言も、すべてが仕組まれていた。
誰も、私を信じなかった。
それでも私は、声を荒げることなく、静かに言った。
「……かしこまりました」
背筋を伸ばし、一礼する。
その瞳に宿るのは、凍てつくような光。
怒りでも、悲しみでもない。
それは、静かに燃える決意だった。
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