2 そして物語は続く?
「いい人生だったなぁ〜。良いことも嫌なことも沢山あったけど、思い残すことのない全力で駆け抜けた人生だった。
────で、終わったはずなのに……ここは一体どこなんだろう……?」
今、俺のいる場所……。
見わす限りの真っ白な空間で、一体どこまで続いているのか先は全く見えない。
そんなただ広いだけの空間の中、俺は先程目を覚ました。
・・・・・・
────そう、目を覚ましたのだ。
何がなにやら分からないが、とりあえずその場に正座し自身の腕を見下ろした。
細くガリガリになっていた腕には毎日いくつもの点滴が刺さり、複数のうっ血した跡があったはずだが……まるで健康だった頃のように年相応の健康的な腕になっている。
そして何より病気の時の息苦しさが全くない。
見渡す限りの真っ白な空間、苦しくない体、そこから導き出される答えは────……。
「もしかしてここが死後の……あの世ってやつなのかな?」
「はい!半分正解で半分不正解ですよ。森田 大樹さん。」
座り込んでいる俺のすぐ背後からまだ幼い少女特有の高い声がし、上から覆いかぶさるように誰かが俺の顔を見下ろしてくる。
反射的に上を見上げ、その謎の人物とピタリと目が合った俺は、プールに飛び込みをするようなフォームで直ぐにその場から離れた。
「────っ!??」
そして、慌てて後ろを振り返ると、そこには声から予想されるそのままの年齢────おそらく10代半ばに届くかどうかくらいの少女が、真っ白なワンピースを着て立っていたのだ。
どうやら日本人ではなさそうで、金色のやや長めのショートカットに同色の瞳、顔立ちもどこか西洋系の顔をしている。
そんな可愛らしい外見をしている少女は、驚きに固まる俺にキラキラとした目を向けてきた。
「わぁ〜すごい動きですね!こんにちは!」
「こっ、こんにちは!────じゃなくて、君、一体どこから現れたんだい?おじさん、すっごく驚いた〜。
────はっ!俺の名前を知っているってことは、前にどこかで会ったことあるのかな?
まって!今思い出すから!」
最近物忘れがひどくなった頭をフル回転し、うーん、うーんと必死に思い出そうとしたが全く記憶にない。
目の前の彼女はそんな俺の様子をニコニコと機嫌良さそうに眺めながら会話を続ける。
「いいえ、出会ったのは今日が初めてです。 お会いできて光栄です、森田 大樹さん。
私は<レーニャ>と申します。
先程、半分正解で半分不正解と言ったのは、大樹さんは定められた寿命────天寿を全うして亡くなり、現在は現世とあの世との間の空間にいるからです。
そしてなぜここにいるのかというと……大樹さんは神の幹部候補にえらばれたからなのです!」
レーニャちゃんが興奮した様子でそう言い切ると、パンっという大きな音とともに大量の紙吹雪が宙を舞う。
そんな色とりどりの紙吹雪が舞う中、俺はポカーンとしながらもポンコツな頭で必死に今の現状を理解しようとしていた。
「えっと……レーニャちゃん……でいいのかな?
とりあえず俺が死んで、ここがあの世じゃない謎の空間だということは理解したよ。
でも、神様の幹部候補って一体何かな?」
「はい!それは今から詳しくご説明しますね!まずはこちらを御覧ください。」
俺の問いに張り切った様子を見せるレーニャちゃんが、右手の人差し指を上に向けると、彼女の頭上に大きなスクリーンのようなものが出現した。
先程の紙吹雪といい突如現れた物体に一瞬驚いたが、死んだ後の出来事であると思えば何が起きても不思議ではないか……と無理やり納得し、彼女の説明を大人しく聞く。
レーニャちゃんのスクリーンを使った簡潔でわかりやす〜い説明から分ったことは、まずこの世界には、神様の頂点────<全創神>様という人がいて、その下に4人の<神幹部>様がいる事。
そしてその<神幹部>様の下には、沢山の<小神>様と呼ばれる人たちがいて、一人につき一つの世界を担当、管理しているという事だ。
「へぇ〜。」
壮大な世界の話にと相槌を打ちながら、どこか他人事の気分でそれを聞いていたのだが、その話は自分にバッチリ関係する話だったらしい。
「清く正しい行いをするほど、魂は磨かれ美しくなっていきます。
大樹さんの世界の言葉でわかりやすく言うとすれば、輪廻の輪……とでも言いましょうか。
そこに一度でも生まれ落ちると何度も生と死を繰り返しながら、魂の形は変わっていくのです。
そして大樹さんの魂は今まで見てきたどの魂よりも美しく、そのためあなたは、<神幹部>の候補に選ばれました。」
「えっ……えぇ〜………。と、とりあえず『美しい』っていうのは何かのまちがいじゃないかな。
俺この通り、平々凡々の代表みたいなただのおじさんだよ?
イケメンとは程遠い平凡な容姿に、赤字ギリギリの生活だし……子供たちにはハゲ丸先生とか加齢臭お化けとか言われてたしなぁ〜。
────あっ、なんか自分で言ってて悲しくなってきた……。」
頭皮の状態や体臭など、そういう繊細なことはできれば黙ってて欲しかった……。
まだ剥げてない、薄くなっただけなんだ!と言い訳のようにブツブツとつぶやいていると、レーニャちゃんは慌てた様子で俺に言った。
「大丈夫ですよ!誰がなんと言おうと大樹さんは最高に美しいのです!!
魂の美しさは外見や収入と全く関係ありませんから!」
……などと全くフォローにならない事を言う。
若干凹みつつも、普段あまり褒められることなどない俺。
レーニャちゃんが一生懸命褒めようとしてくれる姿に嬉しくなり、気分はぐんぐんと急浮上していった。
「そうか〜俺ってば美しいんだ!そんな事初めて言われたよ。褒めてくれてありがとう。」
「どういたしまして! 私は大樹さんのそんなポジティブな性格も素敵だと思います。
これから一緒に<神幹部>頑張っていきましょうね!」
俺は生前、頭は鳥さん、行動はイノシシ、外見は野ネズミ、と言われていて後先考えずの行動力とポジティブ精神だけはちょっとだけ自信あり。
そのため誇らしげに胸を張ったわけだが、最後のレーニャちゃんの言葉に引っかかりを覚え彼女に問いただす。
「ん? んん〜??? 一緒に頑張ろうってどーゆう事かな?今更だけど、レーニャちゃん、君は一体何者なんだぃ?」
その質問にレーニャちゃんはキョトンとした表情を見せた後、コホンと軽く咳をして俺の問いに答えた。
「これは失礼致しました。
私は【$*&&#◎】領域を担当している4人の<神幹部>の内の一人でございます。
これからは、大樹さんの同僚として一緒に働いていくことになりますので、これから末永〜くよろしくお願いしますね!」
えええぇ────────!!!?
衝撃の事実が判明し、俺は心の中で叫ぶ。
なんてことだ!こんなまだ幼い少女がとっても偉い神様だったとは!
普段から孤児院の子供たちに、人は見かけで判断してはいけないよ〜などと偉そうに教えておいてこの始末……。
俺もまだまだだなと、死してもなお自分の失敗を反省することになってしまった。
「そ、そうだったんだ。レーニャちゃんがそんなに偉い人だったなんて、すごくびっくりしたよ。
ええっと……?ごめんね、確認なんだけど……。
その<神幹部>様って実際に世界を管理する<小神>様の上司……の立場だよね?
さっき、なんちゃら領域を担当しているって言ってたけど、そんなに管理する世界って沢山あるのかい?」
会社で言うところの────<全創神>が社長。
<神幹部>が役職つき。
そして<小神>が平社員と言ったところだろうか……?
実際に世界を管理するのが、<小神様>のようだが、『沢山』『達』などの言葉と、聞いたことのない発音で紡がれるレーニャちゃんのなんちゃら『領域』という言葉から、おそらく世界は一つではないはずと俺は考えた。
「はい。世界は無数にあって今この瞬間も生まれては消え、生まれては消えを定期的に繰り返しています。
大樹さんがいた地球もそんな世界の中のひとつですよ。」
「へぇ〜、じゃぁ地球にもそこを担当する<小神>様がいるのかぃ?」
そうワクワクして聞くと、レーニャちゃんはあっさりと頷いた。
「もちろんですよ。<小神>達は、自分なりの様々なやり方で担当している世界を管理しています。
定期的に《神託》という形で管理する神もいれば、地球の<小神>のように、全く干渉しない神もいますし……まぁ、色々ですね!
私達<神幹部>は、そんな<小神>達のサポートをしつつ全体のバランスを保つことが主な仕事です。」
「ふーむ、なるほどなるほど。その神託って要は地上で暮らす人達に知らせる『注意勧告』みたいなものだよね。
じゃあ良くないことが起こるときは、その<小神様>が神様パワー的なヤツで助けながら、世界を管理してるってことなのかな?
それを<神幹部>様もそれに協力して────……。」
俺の言葉を遮るように、レーニャちゃんは首を横に振る。
「いいえ。基本的には私達<神幹部>もその世界を担当している<小神>達も、直接の世界への介入は禁止されています。
あくまで私達の仕事は、この世の絶対的な運命の流れ、世の【理】から、その世界がはみ出ないよう管理することですから。
個人的な感情で動くことはできません。
主に見守ることがメインの仕事になります。
その【理】から、はみ出ないようにさえすれば、特にこれといった規則はありませんので、皆さんフリーダムにお仕事してますよ。
これからゆっくり大樹さんなりのやり方を探していきましょう!今からすごく楽しみですね!」
満面の笑みを浮かべ本当に嬉しそうにそう言うレーニャちゃんに対し、俺は申し訳なさそうに眉を下げ「ごめんなさい。」 と言って頭を下げた。
すると突然の俺の謝罪に驚いたレーニャちゃんは、慌てた様子でワタワタと手を大きく動かす。
「なっ何故謝るのですか?!……────あっ!もしかして不安になっちゃいましたか?
大樹さんなら絶対大丈夫ですよ!
…………私は今まで仕事の合間にずっとあなたを見てきました。
苦しくても、悲しくても前に進み続ける姿と全力で人と関わっていく姿は、まさに私の理想……『希望』だったんです!
だからきっと最高の<神幹部>になれます。
この私、レーニャが責任を持ってサポートいたしますから!」
「ありがとう。でも、ごめんね、不安とかじゃないんだ。」
俺は下げてた頭を上げ、必死に俺を元気づけようとする優しいレーニャちゃんに目線を合わせた。
「俺、人が大好きだから、見守るだけとかできないと思う。
そりゃ〜いい人も悪い人も沢山いて、嫌な思いも沢山したし、全力でぶつかってもわかり合えなかった人もたくさんいたよ。
でも、それも含めて俺は精一杯人と関わってきたんだ。
結果がどうであれ、それを後悔したことはない。
悲しくて辛いときもあって、でもすっごく楽しくて、沢山の経験をしてきた俺の人生は────……。」
「最高のハッピーエンドだった……ですか?」
今度はレーニャちゃんの方が眉を下げて、困ったような表情を俺に向ける。
俺はそれにニコッと笑顔を返しながら続けて言った。
「その通りだよ! だから俺、神様になるのは無理だと思う!
きっとそれになっちゃったら、一生ハッピーエンドになれないからね。」
「そうですか…………。
ふふっ、『ハッピーエンド』その言葉、いつも素敵だなって思っていました。
大樹さん、いつも子供たちに言ってましたよね。
『できないなら投げ出したっていい。人生の最後にハッピーエンドだって言えれば、なんだっていいんだよ』って。」
「そうそう!それが俺の信念なんだ。
だからハッピーエンドを迎えた俺の人生は、これで幕を閉じようと思う。
神様にならないなら、俺はこのままあの世に行くのかな?」
レーニャちゃんは困ったような笑みをうかべ、突如自身の目の前に、西洋風の丸いテーブルと2脚の椅子を何もない空間から出した。
「そうですね。大樹さんはこのままあの世に行き、また新たな生を与えられることになります。
────ですが、せっかくこうして出会えたのです。
ここは時間の概念がありませんから、私に<森田 大樹さんの人生>……という名の物語を聞かせてもらえませんか?
あなたをずっと見てきましたが大樹さんが何を想って生きてきたのか、直接お聞きしたいのです。
……だめでしょうか?」
おずおずと聞いてくるレーニャちゃんに俺はニコッと笑いながら大きく頷く。
「もちろんいいよ!ふふふー、でもレーニャちゃん後悔するよ〜?
なんたって、おじさんという生き物の話はすごく長いからね。
昔は分からなかった話の長い校長先生の気持ちが、嫌というほど分かるようになったよ。」
「ありがとうございます!どんなに長くても構わないので’沢山お話を聞かせてください。
さあ、一緒に座りましょう!」
ぱぁぁぁ────っと嬉しそうに笑いながら、レーニャちゃんは俺の背を押し、先程出した椅子の一つに座らせると、自分もその向かい側の椅子に腰をおろした。
そしてテーブルの上に紅茶のセットを出し、俺の前にふんわりと湯気が立つ紅茶を差し出す。
俺はそれにお礼をつげて、入れてもらった紅茶を一口飲みふーっと長い息を吐いた。
「さあ、何から話そうかな。」