40 カルパスとメルンブルク家
( カルパス )
黒い噂の絶えない< メルンブルク家 >
自身の目で実際に確かめた彼らの姿は……その噂に違わぬひどく歪んだ ” 悪 ” そのもののような者達であった。
当主である< カール様 >と、その妻である< マリナ様 >は、この国の貴族にありがちな身分至上主義と、それに加え美しさに絶対的な価値観を持っていたため、自分たちはイシュル神に選ばれた崇高なる存在であると本気でそう思っていた。
そのため彼らにとって他者とは、” 自身を楽しませるためのモノ ” であるとしか思っておらず、とても信じられないような非道な行いをしてもなんとも思わない。
” 権力 ” という強大な力を持っている彼らにとって、周りに存在する全てのモノは楽しく遊べる玩具か、便利に使う道具。
そしてその中でも一番目立つ玩具と言えば、見た目の美しい愛人達だ。
お互い競い合うように、数え切れないほどの愛人を側に置いては派手に遊んでいた。
随分と不道徳なお遊びだと思うが、本人達曰くそれは──── " 下界の人々に慈悲を与える慈善行為である " ……と言うのだから、その独特の考え方には恐れ入る。
更にその慈善行為とやらには、『 愛の証である子供だけは、真に愛するもの同士としか作ってはならない 』という独特のルールも存在していて、それだけはお互い頑なに守っている様であった。
私にはその考え全てが理解し難い考え方であったが、とりあえず不幸な子供が生まれないなら良かった────そう心の底から安心していたのだが……。
ある日、神の悪戯か天罰か……メルンブルク家に最大の悲劇が襲う。
様々な思惑から、王都から離れた平和で穏やかな街【 レガーノ 】に居を移したメルンブルク家は、そこで次男となるリーフ様を産み落とした。
そしてその直後に響き渡るマリナ様の悲鳴とカール様の怒号。
尋常ではない悲鳴に直ぐに駆けつければ、錯乱するマリナ様の姿と、呆然と立ち尽くす産母達の姿がある。
一体何が??
一瞬浮かんだ疑問は、産母に抱かれている赤子の外見を見て、全てを理解した。
平民に多い茶色い髪に、お二人に似ても似つかない顔のパーツ。
そんな外見を持って産まれてきた、メルンブルク家の次男のリーフ様。
誰がどう見ても不義の子であるその赤ん坊に、カール様もマリナ様も荒れに荒れ、場はパニックに陥る。
お二人のお遊びを知っているため、周りの者達はさしてその事実に対して驚きはしていない様であったが、私は違和感を感じた。
お二人が選ぶ愛人達は、全員が全員その価値観に合う外見をしていて、平民の代表の色ともいえる茶色い髪の者はその中にいなかったはず……。
ましてやあの高飛車で美に異常にこだわるマリナ様が、その様な外見の者を相手にするとは思えなかったからだ。
どうにもおかしいと思ったが、なんと検査の結果、リーフ様は間違いなくお二人のお子であるとという結果がでたのだった。
これには私も驚いてしまったが、これでは親子関係の否定が出来ず、お子を籍から外すことができない。
ならば────と、その存在ごと消してやりたいと願うも、自分たちを神に選ばれし愛し子であると思い込んでいる以上、イシュル神の教えを破るわけにもいかない。
まさに八方塞がりの彼らが選んだのは、生まれたリーフ様を一人ここへ残し、当時3歳の長男グリード様と、2歳の長女シャルロッテ様を連れて王都に戻る事であった。
名目上は、生まれながらに病弱な次男を自然豊かな街レガーノに残し、自分たちは仕事の関係上泣く泣く王都に戻ったと、そういうことにするらしい。
恐らくリーフ様は、このままその存在を隠され、イシュル神の加護が消える12歳を迎える時……。
「 …………。 」
私は、哀れな運命を辿るであろう赤子を見つめ、自身の半生を振り返る。
自身の命よりも我が子の命をとった< イソラ >
この世の何よりも愛おしい我が娘< イザベル >
そしてこの世に生まれて直ぐに捨てられ、何も与えられぬまま消されるであろう赤子……。
────見て見ぬ振りなど、私には出来なかった。