37 過去の記憶
(リーフ)
その後もカルパスの話は続いたが、その話の内容からして、恐らく俺はまだレオンハルトと出会っていない様だ。
物語の中で、リーフがレオンハルトを発見するのは彼が8歳の時。
だから、もしかしてもう出会っているかも?と思っていたのだが、全く話題にすら出ないところからそれは間違いなさそうだ。
ホッと胸を撫で下ろし、俺はこれからしなくてはならない事を順番に考えていった。
まず一番初めにすべきことは、レオンハルトを見つける事。
とにかく早く彼を見つけ出し、次は虐めて虐めて英雄としての力を引き出さなければならない。
「早く見つかるといいけど……。」
ボソッと呟いた直後、ちょうど着替えが終わり、カルパスに案内されるまま食堂へと向かう。
そして歩いている最中、カルパスから本日の予定について教えてもらった。
「食事を終えた後は、今後リーフ様に仕える予定の御子息達と教会へ行くご予定があります。
本日が初めての顔合わせになりますので、色々とお話ししてみると良いでしょう。
これから小学院の同級生にもなる予定ですので、きっと良いご友人になれますよ。」
「へぇ〜そうなんだ。」
食事を終えた後は、近くに住む貴族仲間達と、この街の教会に行く約束があるらしい。
なぜ教会に?というと小学院に通い始める1ヶ月ほど前から、生徒になる予定の子供たちは必ずイシュル神にお祈りを捧げに行かなければならないと法律で決まっているからである。
ようは『イシュル神様、教育の機会を与えてくれてありがとうございます!』とお礼を言いに行くという事。
じゃあ、何故集団でお参りしないで各自バラバラに行くのか?とい思うが、それにはこの国の身分に対する考えが関わっている。
この国の多くの貴族たちが掲げている身分至上主義。
それからして『平民と同じ場でお祈りできるか!』というのが貴族側からの主張で猛反発が起き、その結果、面倒くさく……じゃなくて、色々な事を考えた教会は『では、バラバラでお願いしま〜す』ということにしたのだとか。
前世が日本人の俺としては、身分制度に関連したこういった考え方は未知のもの。
これはゆっくり学んでいくしかないと諦めつつ、この世界の貴族が日本の満員電車に乗ったらショック死しちゃうんじゃな〜い?と考えると、思わず笑いが込み上げる。
突発した笑いに必死に耐えていると、あっという間に食堂に着いた。
そして扉をカルパスに開けてもらうと、最初に目に飛び込んできたのは映画とかでしか見たこと無い長ーいテーブルだ。
ちょっと一番端に食べたいモノが置かれちゃったら、走って取りにいかないと駄目なやつ。
回転寿司の様に回転式なら良いね!
グルグルとテーブルの周りを回りながらご飯を食べる……。
そんなシュールな姿を想像しながら案内された椅子に座ると、先程の侍女<ジェーン>が次々と美味しそうな料理を運んできてくれて、目の前にそれがドドドンと並べられた。
まるで芸術品とも呼べるほど細部にまでこだわりを感じる造り、食欲を誘う刺激的な匂い……。
間違いない、これは絶対美味しいやつだ!
その圧倒的存在感を放つ料理達を前にそう確信した俺は、早速両手を眼前でパンッ!と合わせた。
「いただきまーす!」
元気よくあいさつした俺は、まず目の前のカリカリウインナーにかぶり付く!
すると────……。
「〜〜!っ〜!!!」
噛んだ瞬間、パキッ!というカリカリに焼かれた皮が破れる音と同時に、口の中にジュワ〜と肉汁と香辛料の塩味が溢れ出した。
うっ……うっ……うまぁぁぁ〜!!
あまりの美味しさに言葉を出すこともできず心のなかで悶えながら、次々と料理を口の中に放り込む。
パンは焼きたてでカリッとした表面に中はフワフワ!
噛みついた瞬間に鼻から抜ける、小麦とバターの香ばしい香りがなんともたまらない。
更に付け合わせのスープは、肉団子のようなものと沢山の野菜が煮込まれていて、肉はホロホロ、野菜の出汁と旨みが滲み出たスープは香辛料と奇跡のハーモニーを奏でている。
こんな美味しい料理は食べた事ないぞ!
俺は思わず、いやっほ〜い!と心の中で歓喜の声を上げた。
なんてったって俺の前世は赤字ギリギリの孤児院経営者。
食事はもやしと豆腐メニューがメインの俺にとっては、初めて味わう美味!
神に感謝をしながら、無我夢中でガツガツと食べ続けた。
しかもさすがは若い体、こんなにがっついても胃がビックリしない。
若いって本当にすごい!
最後に残った料理のタレすら勿体なくてパンにぺちょりとつけて食べきると、満腹になったお腹を抱え「ごちそうさまでした!」と言って背もたれにもたれかかる。
こんな美味しい料理はじめてだ〜。
孤児院の子供たちにも食べさせてあげたかったな!
ワーイ!と嬉しそうにはしゃぐ子供達を思い出し少ししんみりしながら、ふっとカルパスとジェーンの方に視線を向けると……すごく驚いた顔でこちらを見ていることにやっと気づいた。
……食べ方だ。
きっとパンでタレをベチャベチャと掬って食べたのがまずかったに違いない。
ピカピカになったお皿を見てやってしまったと反省していたその時────突如、頭の中に8歳までの俺の記憶がまるで映画を見ているかのように蘇ってきた。
『物心ついた時からいない両親』
『家庭教師から聞く王都で暮らす両親と自分以外の兄弟達の話』
そんな仲睦まじい家族の様子を聞く度に感情は激しく揺さぶられる。
なぜ自分だけ捨てられてしまったのか?
なぜ自分だけこんなに外見が似てないのか?
悲しい気持ちに心は支配されていき……あとに残るのは『寂しい』気持ちだけ。
それをどうしていいか分からない幼き俺は、ずっと泣いていた。
そりゃ〜もう、ものすっごい勢いで。
朝から晩まで。毎日毎日。
朝は起きるのが嫌だと泣きわめきジェーンを困らせ、着替えたくないとごねて泣いてカルパスを困らせる。
そしてご飯を食べたくないとおギャンおギャンと泣いて料理人のアントンを困らせ、庭の肥料を隠して返さないと脅しながら大号泣。
護衛のイザベルからは、ギャーギャーと大声で泣きながら逃げ回る……。
なんてこった。
これ全部俺の記憶だよ。
あちゃちゃ〜!とあまりの酷さに思わず頭を抱えた。
すっごい迷惑かけている……。
これじゃ〜確かに、大人しくご飯を食べているだけでも奇跡だよ。
これは謝らなければいけないと思いながらも、おじさんの俺からみた8歳の俺はとても悲しくて胸がいたくなった。
きっとカルパス達も同じ気持ちで俺を叱りつける事が出来なかったのだろう。
優しい人達だ。




