30 レーニャの別れ
(???)
大樹が消えてから暫しの時が流れ、シーンとした真っ白な空間に1人の少年が姿を現した。
深い海のような髪と瞳、まだ10代前半くらいのあどけない顔をした少年で、白いシャツに黒いズボンというラフな格好をしている。
彼はレーニャと同じく【神幹部】の1人であり、名は<ノール>。
ノールは、ポツンと座り込むレーニャを見つけ、彼女に話しかけながら近づいた。
「おーい!レーニャ。大樹さん来たんだろう?俺も自己紹介させてくれよ〜。」
そう言って、レーニャの顔を覗き込んだノールは、ギョッとして目を見開いた。
レーニャはこれ以上泣くまいと、目から鼻から水分をだばだばと流しながら顔に力を入れて踏ん張っていたからだ。
レーニャはノールの存在に気づくと、大声で泣きながら叫んだ。
「うわあああぁぁぁ────ん!!!大樹さん、また生まれ変わっちゃいましたー!
レオンハルトに大樹さん取られちゃったよ────!!寂しいですー!!!」
そのままわんわんと泣き喚くレーニャにノールは、「そっ……そうか……。」と言って、ソッと白いハンカチを差し出す。
そしてレーニャが落ち着くまでその隣に座り、その間彼女の思考を覗いて全ての事情を知ったノールは、アハハハッと楽しそうに笑った。
「いや〜大樹さんは面白い人だな。確かに彼は、神様には向かないよ。お前だって、それは分かってたんじゃないのか?
ずっとコソコソと彼を見てたんだから。」
レーニャがブスッとした顔で顔を背けると、それを見たノールは困った様に笑う。
レーニャは元々、親から酷い虐待を受けて殺されてしまった子供の魂だった。
ずっと来ない助けを待ちながらも決して誰も恨む事なくその生を終えたのだが、何も知らずに生まれて死んだレーニャの魂はとても美しかった。
そのため< 神幹部> となったのだが、そこで見るもの全てが、彼女にとっては『絶望』でしかなかった様だ。
どの世界でも、弱い者から搾取され消えていく。
そしてそれを含めた全てのものは、一つの大きな流れに向かい、いつかはチリ一つ残さず消え去るのだ。
それにはどうしても虚しさだけが残る。
それでもレーニャは淡々と仕事をしていたが、ある日を境に突然ニコニコと笑う事が増えた。
一体何かと思えば、一つの小さな小さな世界の中にいるたった一人の人間が原因のようで、ノールは純粋な好奇心からレーニャの見ている視点を覗いてみる。
するとパッと目に入ってきたのは、特にコレだという特徴を持たない男の姿だった。
?いったい何故??
ハテナで溢れたまま、その男をよくよく『見る』と、その男は、両親のいない子供達を引き取って育てる孤児院の職員のようであった。
ノールはしばらくその職員の男をぼんやりと見ていたが、施設にいる子供達と楽しそうに遊んでいるだけなので、もういいかと思ったその時────突然その施設に、一人の人物が現れる。
見た目からしてタチの良いとは言えないような……ガラの悪い男だ。
その男はどうやら、自分の子を無理やり連れ戻そうと直接施設に乗り込んできたようだった。
子供達も他の職員達も震えて遠巻きにしている中、その男は自分の子供を見つけて無理やり連れて行こうとしたのだが────……。
なんと職員の男が、なんの躊躇いもなくその男を羽交締めにし、そのまま締め落としたのだ!
シーンとしているその場で、男を絞め落とした職員の男は一言。
『多分迷子だね。ちょっと交番に届けてくる。』
それだけ言って、そのまま容赦なく気絶した男を引きずって去っていった。
その職員の男が、大樹さんだ。
大樹さんは見た目こそ平凡であったが、非常に豪快で見ていて気持ちが良い男で、全力で人と関わり、裏切られようが傷つけられようが直ぐに立ち直るポジティブさとタフさで、人生を非常に謳歌しているように見えた。
その姿はレーニャにとって、きっと『希望』だったのだろうと思う。
外見は本当に何処にでもいそうなおじさんなのに、大樹さんは知らずにレーニャの心を救ったのだ。
しかもそれはレーニャだけではなく、なんとそんな彼に感化されたある1人の子供が、自分の運命を変えてしまった事まであった。
その時は流石に驚いたが……大樹さん本人にその自覚は全くなし。
結局何も変わらず人生を全力で走り抜け、ついさっきその『生』を無事終えたというわけだ。
そんな憧れの大樹さんが、自身と同じ神幹部になる。
それを知った時のレーニャは、見ていてハラハラするくらい喜び、我先にと大樹さんの元に向かったのだが……どうやら神様になる事を断られてしまったらしい。
────と、そこまでは良い。だが問題はその後だ。
「……レーニャ。なんで大樹さんを『無』になる予定の世界へ転生させたんだ。
運命は変えられない。
このまま大樹さんの魂は永遠に消え去ってしまうんだぞ?」
世界の絶対的なルール。
決められた概念である────【理】
その大きな流れに沿って全ての世界は回っていて、運命とはその流れの方向の様なものだ。
よってその結末は、絶対に変わらない。
いつか必ず同じ場所にたどり着く。
だから大樹の転生した世界は、彼が転生して十数年後……その【理】の中から完全に消え去る。
ノールはその時のことを考えて、はぁ〜と溜め息を漏らした。
『その時』が来た時は、恐らく全ての神と名のつく者達は大忙しになるだろう。
『無』になった世界の補填は、他の世界も巻き込んでの大仕事になるからだ。
それを考えると今から気が重いと、もう一度ため息をついた瞬間、ノールはふっと違和感に気づいた。
『無』の世界はどうやって作られたのか??
「…………?」
ノールにはその方法が分からないし、恐らく他の神幹部達も知らない筈だ。
世界が『無』になると言う事は、大前提にある【理】に穴を開けると言う事。
【理】に干渉するなど絶対にあり得ないことで、そんな事、少なくともノールには出来ない。
もしかしたら 全創神 様ですら……?
その疑問はノールの中に居座り、思考がそれに飲まれそうになったが────突如立ち上がったレーニャによってそれは頭の隅へと弾き飛ばされた。
「大樹さんなら大丈夫だもん!!絶対ハッピーエンドにしてくれるもん!!!」
レーニャはそう叫び、べーっと舌を出す。
ノールはそんなレーニャをみて一瞬キョトンとした後、クスリと笑った。
「はいはい。大樹さんなら変えてくれるかもな、未来。
────さてと、そろそろ俺たちは俺たちの仕事をしよう。お先にな。」
そう言った瞬間ノールは消えてしまい、それを見届けたレーニャは何一つない空間に向かい大声で叫んだ。
「大樹さん!!私、ずっと見守ってますから頑張って下さいねー!! では、また会えるその日まで、さようなら!!」
そう言い終わった瞬間、レーニャはまるで最初からいなかったように消え、そこは光も音も何もないただの白い空間へと戻る。
そしてそのままその空間は────フッ……と跡形もなく消えてしまった。




