20 決闘
◇◇◇◇
そしてとうとう迎えた決闘の日────。
決闘は王家が所有する正式な闘技場で行われ、王はもちろんの事、第一王子の<エドワード>と第二王子<アーサー>。
それに第一王女の<ソフィア>と、その他大勢の貴族達や学院の生徒達が見守る中で行われた。
「武器と防具はそれぞれ自身で用意したものを。
そしてレベル1の仮想幻石を装着し、相手の仮想実体が死ぬまで戦う事。」
王がそう宣言した直後、リーフとレオンハルトの両者が会場に現れ、すぐに観客席からは失笑やあからさまにバカにしたような忍び笑いがそこら中から上がる。
まず真っ先に意気揚々と会場に入ってきたリーフは、全ステータスを大幅にアップする加護つきの宝剣と、物理・魔法攻撃に高い耐性をもつ白銀の鎧を身につけていて、まるで美の化身とも呼ばれるイシュル神そのものの様な出立をしていた。
対してリーフに遅れて入ってきたレオンハルトはその真逆……。
相変わらずの呪われた様な醜い姿に、実技の授業で使用するボロボロの木刀と破棄寸前の皮の防具しか身につけておらず、勝敗は明らかであるとその場にいる誰もがそう思った。
────ただ一人アーサーを除いては。
リーフはリング上に上がりレオンハルトと対峙すると、その美しい顔でニヤリと笑い、無表情で立つレオンハルトに対し戯けるように言った。
「なんと素晴らしい装備なのでしょう!きっと名だたる名匠が作り上げた最高の一品なのでしょうね!」
すると観客席からドッ!と笑いが沸き起こり、会場の風向きは完全にリーフの方へと向く。
勝ちを信じて疑わないリーフの頭の中には、如何に美しくこの戦いを周りの観客たちに『魅せるか』、それしかない。
『切り刻みながら派手に踊らせてやろうか?』
『それともじわじわと焼いて命乞いをさせようか?』
そんな事をワクワクしながら考えたが、やはりここは実力の差を思い知らせるために一瞬で首をはねてやろうと決めた。
「決闘、開始!!」
そうして試合開始の声が高らかにあがると、リーフは身体強化をかけレオンハルトに向かって飛び出す。
そのスピードは早く、気がつけばリーフがレオンハルトの目の前に移動していた様に見えるほど。
「「「おぉぉぉぉ────────っ!!!」」」
歓声を上げた観客達が期待に胸を躍らせ、次に見たもの。
それは、哀れ首をはね飛ばされたレオンハルト────……ではなかった。
「────は??」
「………………えっ???」
ポカンと口を開けた観客達の前で、大きく弧を描き飛んで行ったのは、輝く様な宝剣────と、それを握っているリーフの右腕。
・・・・・・・
そして、その場に残されていたのは、右腕を失ったリーフの姿だった。
────シン……。
時が止まったように静まり返ってしまった会場内で、唯一右手を失ったことにまだ気づいていないリーフは、ふっと笑みをこぼし首を失ったはずのレオンハルトを見ようと視線をあげた瞬間────……。
「……??────ぎっ……!??……っぎいぁぁあああ────────っ!!!!!!」
突然凄まじい痛みが右手から伝わり、それが全身に広がったことで、リーフは叫び声を上げながら地面をゴロゴロと転がりまわった。
それと同時に、無くなった右腕からは大量の血が噴水のように吹き出し、リングの上を赤で染めていくと、反対にそれを見ている観客たちの顔はどんどん青ざめていく。
リーフにとって『痛み』とは生まれてこの方、感じたことのない感覚であった。
公爵家という高い身分に加え、持って生まれた才能と絶対的な美しさを兼ね備えたリーフは、常に痛みを『与える側』だったからだ。
そのため、正真正銘初めて味わう『痛み』という耐え難い感覚に、リーフは耐えられずに涙と鼻水で顔を汚しながら、まるで幼子の癇癪のように痛い痛いと泣きわめく。
誰も彼もがあまりの出来事に動くことが出来ない中、リーフの手を切ったであろうレオンハルトは、やはりなんの感情も感じられない無表情でぼんやりとその場に立っていた。
リーフは、その事に気づくと────はっ!と我に返り、荒い息を吐きながらなんとか痛みに耐えると、レオンハルトを凄まじい表情で睨みつける。
しかし……レオンハルトはリーフの事など見ておらず、やはりボンヤリしたまま。
そんなまるでリーフのことなど眼中に無いというようなその態度に、プライドがズタズタに引き裂かれていく音が聞こえたリーフは────……。
「ふっ、ふっざけるなぁぁぁ────────!!!!!」
怒号をあげて、魔法陣を3つレオンハルトの近くに展開した。
魔法を発動するには自身の魔力を使い、魔法陣を描かなければならないのだが、これがなかなか難しく、特に同時に2つ以上となるとかなりの使い手でなければ使うことはできない。
稀に魔法の才に恵まれた者のなかにはそれを3つ同時に使えるものがいて、これが4つなら天才、5つなら神とまでいわれている中、リーフは3つを同時に使える素晴らしい魔法の才があった。
そんなリーフが今まさにレオンハルトに向けて魔法を打ち込もうとしたその瞬間────突然リーフの周辺に別の10を有に超える魔法陣が出現する。
「────っ!!!??」
その信じられない光景にリーフは真っ白となり、観客達も息を飲んでゆっくりとレオンハルトの方へ視線を向けると、レオンハルトはリーフが展開した魔法陣を軽々と木刀で切り裂き破壊し、自分の展開した魔法陣に魔力を流した。
すると────……。
────ザシュッ……!
魔法陣から一本の光の剣が出現し、そのままリーフの腹に突き刺さる。
「……は……??……がっ……ぁぁ……?」
目を見開き、自身に突き刺さる剣を見下ろすリーフ。
その口からはプシャっ……と血が溢れ出し、唸り声にも似た悲鳴があがったが────お構いなしに次から次へと同様の剣が、リーフを囲む魔法陣から飛び出しては、彼の体に突き刺さっていった。
その光景はまるで満天の星が空から落ちてきたかの様。
キラキラと輝くその美しい景色の中で、誰もが恐怖し動くとこはおろか声を上げる事すらできなかった。
リーフを守るはずの彼ご自慢の白銀の鎧は、もはや元の色が何だったのか分からない程に赤黒く濁り、穴だらけに。
そしてそれに包まれたリーフの身体はそのままゆっくりと倒れていくと、痙攣する様に手がピクリと動いたのを最後に────リーフは完全に沈黙した。
するとその直後パリンッと何かが割れる音と共に、下半身をびしょびしょに濡らし狂った様に笑うリーフの姿が現れたが、レオンハルトはやはり何一つ感情を浮かべることなく真っ赤に染まったリングの上に佇んでいるだけ。
次元が違う……。
そんなレオンハルトの実力を目の当たりにして、王もエドワードも他の貴族達も、その存在にいまだかつてない恐怖を抱き、アーサーも同様にゾッと背筋を凍らせた。
この決闘を提案したアーサーでさえ、まさかこれほどの実力を隠し持っていたとは思ってもいなかったからだ。
勝負にすらならなかった戦い。
そしてそれをもって、彼の所有者は彼自身となったのだ。