174 終点
( ザィール )
「 そ……そんな……ばか……な……っ。 」
手足はあり得ない方向へ捻じ曲がっているため、一切動かすことができない状態だ。
激痛に呻いていると、飛ばされてしまった方向から、ドノバンがゆっくり歩いてくるのが見えた。
こ、殺される!!!
「 ひ……ひぃ……!!い、いやだ……殺さないでくれ……た、たのむ……!! 」
肋骨も折れてしまったせいで、声を上げるだけでも激痛が走る。
それでも必死に命乞いをすると、ドノバンは俺の前でピタリと止まり、そんな俺をただジッと見下ろした。
「 わりぃがそれは無理だ。
相手を殺す選択をした奴は、自分も殺される覚悟をしなきゃいけねぇ。
それが人の道理ってもんだろう。 」
「 そっ、そんな……っ。
た……助けてください……なんでも……しますから!! 」
必死の懇願もドノバンには全く届かない様で、奴はふぅとため息だけついて大剣を振り上げる。
もうダメだ!!!
目の前に迫った死の恐怖に、ガクガク震えながら、目を瞑ったその時────……。
「 ドノバン、お座り 」
────ピタッ……。
何者かの男の声が聞こえたと思ったら、突然ドノバンの動きが止まった気配がした。
「 …………?? 」
ソロ……と目を開けると、そこにはドノバンの心底嫌そうな顰めっ面と、その後ろにはこの屋敷の執事が、いつの間にか立っている事に気づいた。
どうやらこの執事が、ドノバンを止めた様だ。
「 いや、なんだよ、お座りって!
俺は犬か何かか?! 」
「 勘違いするな。犬の方が遥かに上だ。
全く、これだから騎士という生き物は……。
勝負だの何だので熱くなるし、相手は斬り殺して終わりだからな。
アントン、貴公もだ。 」
執事の男がそう言い終わると、奥の茂みから罰の悪そうな顔をした厳つい男がソロ〜と姿を見せ、更にその後ろからはヒョロリとした優男もそれに合わせて出てくる。
「 いやぁ、すまねぇです。
加減が難しくて……。
次から上手くやりますんで勘弁してくだせぇ。 」
「 全く……貴公とそこの犬以下は、本当に野蛮すぎる。
もっと理性的で合理的に相手をしなければならないぞ。
この私の様にな。 」
ビシッ!と自身の胸を親指で指す執事の男。
ドノバンはそれを渋い顔で聞き、厳つい男にソロソロと近づいた。
「 Aランクモンスターを素手でボコボコにする奴に言われたくねぇよな〜。 」
「 ぷっ……そうですね。 」
そうして二人が密かに笑いあっていると、その背後から現れた人物に腰あたりを揃って殴られ同時に仰け反る。
「 おい、父上の悪口を言うな。」
現れたのは正門を守っているはずの守衛の女で……それに気付いた俺は絶句した。
ボブがターゲットにしてた守衛の女がここにいる!
────ということは……ボブはあの女に負けたって事か?
「 そ……んな……。 」
自分はこの後、どうなるのか?
それを考えると一気に血の気が引き、大量の汗が出る。
そんな俺を執事の男は見下ろし……ニコッと笑った。
「 そこに転がってる彼と、もう1人のやたらでかい男はクレアのところに引き渡す。
アントンはそこの男に回復薬を飲ませ、明日の朝まで倉庫に転がしといてくれ。 」
「 へぃ。 」
なんと、俺と恐らくボブ?らしき男は助けると執事の男は言ったのだ。
俺は助かる!!
アントンと呼ばれる男が、俺の方へ近づいてくるのを視界に捉えながら、俺は震える声で言った。
「 た……助けてくれるの……か?あ、ありがてぇ……。 」
確かこの執事は、お優しいイシュル教の熱心な信者だったはずだ。
だから、恐らくはどんな悪人であろうと人の命を奪う事に抵抗があるに違いない。
俺は憐れみを誘うような情けない顔を見せながら、心の中でニヤッと笑った。
こいつらがここに集合しているという事は、仲間達は全員倒され恐らくこの屋敷の何処かに捕まっているとみて間違いないだろう。
なら、ここは一旦大人しく捕まり、隙を見て全員で脱出し────……今度こそ入念な計画を立てて、この家の奴らを全員ぶっ殺してやる!!!
そのまま頭の中で、奴ら全員をバラバラにしてやった時の事を考えて、ゲラゲラと笑ってやった。
せいぜい今のうちだけ勝利に酔いしれてろクソ野郎ども!!
怒りと憎しみをひた隠し、しおらしい顔をしていると……何故かドノバンが青白い顔をしながら何とも言えない表情で俺を見ている事に気づく。
一体その顔はなんだ?
思わず怪訝な顔をしていると、ドノバンはボソボソとなにかを喋りだした。
「 やっぱよ、神様って本当にいるのかもな。
もう少し早く決着がついていたら楽に逝けたのによ。
これが神様の天罰────か。
まぁ、せいぜい少しでも楽にアッチに行けるよう祈る事だな。 」
「 ……?はっ??……一体……どうゆう……? 」
言っている意味が分からず、唯一動かせる目で周囲に視線を走らせると────執事の男とヒョロリとした優男はニコニコと笑い、他の奴らはドノバン同様の表情を浮かべ俺を見ている事に気づいた。
それに恐怖を感じゾッとしたのも束の間、厳つい男が俺の首襟を掴みそのままズルズルと何処かへひきづっていく。
俺は痛みも忘れて、ガタガタと震えながら必死に叫ぶ。
「 なぁ……おいっ!!どうゆうことなんだよっ!!
俺は……俺は一体これからっ……どうなるんだよおぉぉぉ────────!!!!!! 」
虚しく響く俺の声に答えるものは何一つ無く────……俺の意識は、周りの景色同様真っ黒に染まっていった。




