162 アントンとネコ
( アントン )
そんなある日の事、俺は変な夢を見る。
真っ黒な空間に、一匹の茶色いネコが腹をデデーンと出してグーグー寝ているだけという訳のわ 訳のわからない夢だ。
「 …………。 」
そのあまりに無防備な姿に呆れながら、腹をさすって起こすと、そのネコはまるで人間のように大きく伸びをした後、ムクリと二本足で立ち上がった。
────あれ?
ネコが二足歩行で立った??
ギョとしてそのネコを改めてまじまじ見ると、全身茶色の毛並みに割とスッキリした顔つき、それに鼻の周りにはまるで人間のそばかすの様な模様まである。
猫にしては変わった模様だが、ごくごく一般的なネコだ。
ただ、二本足で立っているから平凡から逸脱してしまっている。
「 ……は??? 」
驚く俺の視線を物ともせず、そのネコはマイペースに手をぐるぐると回した後、突然見たことのないヘンテコな動きで踊りだした。
またもや目が点になり、思わずその動きを黙って目で追っていたが、そこで俺はやっと気づく。
────あぁ、これは夢だ。
それに気づくと、なんだかヘンテコな夢だな〜と思いながら踊るネコについて行った。
◇◇◇◇
ネコは凄く楽しそうだった。
その様子を見ている内に、なんだか俺も楽しくなってくる。
そうして気がつけば一緒になって踊っていて、更にはこの胸の内をそのネコに独り言の様に語っていた。
” 人を笑顔にするのは傭兵でも同じ、むしろ命が掛かっているからそれをするべきなのだ ” ────と。
まるで自分に言い聞かせるように…………。
そうして語り終わったタイミングで、ネコは突然踊りながら俺の方を向いて言った。
「 どちらも笑顔にできるなら、自分の好きな方をやればいい! 」
────ブスっ!
心に刺さる言葉に、思わず頷きそうになったが……直ぐに言われてきた言葉を思い出して首を振る。
「 ……違うでさぁ。
だって同じなら、より重要な方をとらないといけないだろう? 」
” 俺がいないと助からない命が沢山あるから……。 ”
そう答えると、ネコは笑って俺の後ろを指し示す。
「 …………? 」
それを追うように後ろを振り向けば、沢山の人々が後ろにズラリと並んでいた。
いつの間に?!
驚いてポカーンとしながら、その人達を見渡すと……その全員が、俺が今まで関わってきた人達であることに気づく。
共に戦った仲間もいたし、俺が助けた人、優しくしてくれた人、悪意をぶつけてきた人……物凄い数の人間が、ネコ同様踊りながらついてきていた。
「 人と関わることで、必ず自分に変化が訪れる。
それは相手も同じ、そうして人は変わり続けていくんだよ。
その先に何があるかは分からない。
それが人生、ワクワクするね。 」
嬉しそうにそう言ったネコは、クルクルと回り、いやっほ〜と飛び上がって手を叩く。
そして、クルッと俺に背を向け再び前を向くと、今度は前方を指す。
「 だから君が傭兵を辞めた事で、更に沢山の命が救われる事もある。
それは残念ながら、誰にも分からない事なんだ。
だから自分が好きな道を歩むべき!
未来は誰にも分からないんだから。 」
指し示す先には、今度は沢山の映像が浮かんでいて、俺が関わった事で変わった人々の姿が写し出されていた。
その中には俺が助けた事で、強くなりたいと決意し奮闘する人達の姿もあって、俺は思わず涙を流す。
俺が傭兵を辞めたって、大丈夫じゃないか。
だってこんなにも多くの人達が、先にある未来に向かって歩んでいるのだから。
「 同じ笑顔にできることなら……俺は料理人を目指したって……いいんだ……っ。 」
そう確信した俺はボロボロと涙をながしながら、その光景を長いこと見つめていた。
そうしてやがてその映像が消えると、ネコは踊りながらどんどんと遠ざかっていく。
「 あ……待ってくれ! 」
俺はお礼を言いたくて、直ぐに追いかけたのだが、どんなに走っても追いつく事は出来ず────とうとうネコは、そのまま遠くへと消えてしまった。
「 ────ハッ!! 」
そこで目が冷めた俺は、慌てて起き上がると、そこは見慣れた自室のベッドの上。
ボンヤリしながら、部屋の中をキョロキョロと見回す。
「 ……夢……? 」
ボソッと呟きながら顔を擦ると、夢の中と同じく泣いていた様で……顔はビッショリ濡れていた。
俺は涙で滲む目をこすり、居ても立っても居られなくて、直ぐに傭兵ギルドへ向かい、脱退の願いを申し出る。
もう周りが何を言おうが構わなかった。
俺は料理人になる。
その夢を追うため、絶対に諦めない。
そう決めたから。
傭兵を止める事を罵る奴らもそれなりにいたが、その後は街を回って自分を雇ってくれる店を探す。
しかし……それは簡単な事ではない。
元傭兵を雇おうと思ってくれる店は見つからず、その日も新しくたどり着いたレガーノという街で、料理の腕を見てもらおうと手作りしてきたトロロン・ピックの角煮を手にトボトボと歩いていた。
” 料理がおいしくてもやはり戦闘系資質はお客さんが怖がっちゃうからね……ごめんよ。 ”
先程言われた言葉にズーンと凹みながら、無駄になってしまった料理を見下ろす。
せっかく気合を入れて作ったのになぁ……。
そう思いながらも、ぐっと前を向き ” 負けるもんか! ” と気合を入れ直したその時、突き刺さるような視線を感じた。
……敵か?
今いる場所はちょうどどっかの貴族が住んでいるであろうお屋敷の正門前。
傭兵時代の抜けぬ癖で、戦闘モードに切り替え周囲をゆっくりと見渡したが、誰もいない。
「 ……?
気のせいだったか……。 」
緊張を解き、何気なく足元を見れば────2〜3歳くらいの子供がチョコんといた。
「 ────っ!! 」
その子供は、お屋敷の正門の鉄格子の隙間から頭だけを出してこちらを見上げている。
気配が薄いから気づかなかった。
恐らくは、この屋敷の子供だと思うが……?
思わずまじまじと、その子供を見つめた。
茶色い髪に鼻先のそばかす、スッキリした顔立ち……。
そんな、どこにでもいそうな平民の子供の様な外見と、背後にある巨大なお屋敷が全然合わないなと思った。
「 あ、あの〜……? 」
ひたすらジーッ……と見つめてくる子供に話しかけてみたが、その子の視線は俺ではなく、俺の手にあるトロロン・ピックの角煮を見ている事に気づく。
「 ……もしかして食べたいんでさぁ? 」
そう尋ねると、その子供はダラダラとよだれを垂らしながら、一生懸命コクコクと頷いた。
食べさせてあげたいが、流石に貴族のお屋敷の子に勝手に食べさせては……。
困ってしまって、トロロン・ピッグの角煮を黙って見下ろしていると、突然────……。
「 リーフ様。 」
恐らくその子供の名前を呼ぶ、小さな少女の声が屋敷の方から聞こえて、ふっとそちらに目線を向ける。
すると、俺の存在に気づいたのか?
少女は中々俊敏な動きで、門の前まで飛んできた。
「 ────何者だ?
名を名乗れ、大男め。 」
少女は何故か手にフライパンを持っており、ギンッと俺を睨みつけながらそのフライパンを前に突き出してきたのだが……俺の視線はその中にあるモノに釘付けになる。
「 もしかして……それは卵焼きですかい? 」
フライパンの上に、ごちゃっ……と乗っている黒いスクランブルエッグ?を指して尋ねると、少女は「 そうだ! 」ときっぱり答えた。
失敗したんだろうな……。
「 あ〜……自分はただの通りすがりでさぁ〜。
直ぐに去りますので。 」
ペコリと軽く頭を下げ、その場を立ち去ろうとしたその時────何やら足に抵抗を感じて足を止める。
「 ??? 」
驚いて下を見下ろすと、先ほど覗いていた小さな子供が逃がすものかと足にしがみついていた。
「 あ……あの〜……? 」
無理に引き剥がすわけにもいかずに、戸惑っていると、見つめてくるその子供を見てフッと気付いた事がある。
────なんだか、あの時踊っていたネコにちょっと似ているな……。
そんなバカなとその妄想を首を振って吹き飛ばすと、片手で優しくその子供を引き剥がそうとした。
しかし────なんと、その子供は、俊敏な動きで近づけた俺の手にしがみつくと、そのままカサカサとゴキブリの様な動きで反対の手へと移動する。
「 わわっ!! 」
子供が落ちない様にバランスをとってやると、子供はトロロン・ピックの角煮が入っている皿をガシッと掴み、中の料理をガツガツと食べ始めたのだ!
「 …………。 」
あまりのことに固まっていると、フライパンを持つ少女が「 リ、リーフ様!! 」と叫び、その子供を俺の手から下ろそうとしたが────子供は、離れるものかと必死に皿にしがみついた。
「 リーフ様!お腹が空いているならこのイザベルがおやつを作ったので食べましょう! 」
少女の言葉を受け、その子はビクー!とした後、ふるふる震えながら更に強く皿にしがみつく。
それを見て、少女はフライパンごとそのおやつという黒いスクランブルエッグを近づけ、更に小さな子供の震えが酷くなった。
失敗じゃなかったのか……。
俺は震える子供と、おやつだと言われているその黒いスクランブルを交互に見ながらオロソロしていると、気配なく執事の格好をした男がやってくる。
そしてその執事の男はゴツン!と少女の頭にゲンコツをしてその場を収めると、ペロンペロンと皿に残った汁すら舐め取ろうとするその子供を見て、大きなため息をついた。
「 リーフ様……。
すまないね、君。我が主人が勝手に食べてしまって……。
私はリーフ様の専属執事のカルパスだ。
同じものを直ぐに用意しよう。
そして賠償金も用意するので、どうか許して頂きたい。 」
「 ────えっ!!
いやいや……これは自分の腕を売り込むために俺が作ったモノでして……。
どうせ食べてもらえず自分で食べるだけだったんで、気にしないでくだせぇ……。 」
丁寧な謝罪をされてしまったが、どうせ食べて貰えなかった料理だ。
こうして喜んで食べてもらえた方が正直嬉しかった。
まだペロペロと皿を舐め続けるリーフ?坊っちゃんを見て、笑みを溢すと、カルパス様の目が光る。
「 流れの料理人か……。
────ふむ!もしよければこの屋敷の専属料理人として雇われてくれないだろうか?
幸いリーフ様は、君の料理を気に入られた様だ。 」
「 ────!! 」
更に引っ付いたまま離れないリーフ坊っちゃんを見て、カルパス様は目元を覆って嘆いていたが、俺はパァ〜!と希望の光が差して大きく頷こうとしたのだが……直ぐに思い出した。
自分の資質と傭兵としての経緯……。
それを聞いたら雇っては……。
「 あの、実は……。 」
正直にそのすべてを話すと、なんとカルパス様は俺の傭兵としての過去の全てを知っていて、更に最高の人材だと逆に喜んでいた。
一体なぜか?
首を傾げる俺に、カルパス様はなんとも胸糞悪いリーフ様の置かれた現状についてを知らされ……俺は複雑な想いを抱く。
俺の今があるのは間違いなく母のお陰。
母から与えられてきた愛情は、今も心の支柱としてドシンと立っている。
この子供はそれを与えられることなく、更には何も悪いことをしていないのに排除されるのか……。
” 君が傭兵を辞めた事で更に沢山の命が救われる事もある。
それは残念ながら誰にも分からない事なんだ。
だから自分が好きな道を歩むべき、未来は誰にも分からないんだから ”
あの時のネコの言葉が、頭の中を過った。
俺はもう傭兵ではなく料理人として生きていく事を決めた。
だが────別に好きな道に進んだからといっても、俺には戦う力がある。
なら、俺は自分の夢であった料理人として働きながら、この力でも人を……この子供を救おう。
2つ叶えれば、二倍の笑顔を見ることができるのだから、俺はこの愛情をもらえなかった子供をそれで笑顔にしてあげたいと、そう思ったのだ。
俺が首を強く縦に振ると、カルパス様は微笑み、その日から俺はリーフ様の専属料理人として働き始めたのだった。
俺にできることは美味しい料理を作ってリーフ様と仲間たちを笑顔にすること。
そして────……。
それを邪魔する不届きな輩を始末すること。
それがこのリーフ様の専属料理人 アントンの大事な仕事だ。




