157 VS 傭兵達
( ジェーン )
私は現在公爵家メルンブルク家の次男、リーフ様に仕える専属侍女である。
元の生まれは、凄く資産が潤っているわけでもないが貧乏でもない……そんな平凡な男爵家で、年の離れた兄二人と仲睦まじい両親の元、何不自由無く育てて貰った。
待望の女の子。
しかも兄たちより一回りも離れていた私は、両親にも兄たちにもベタベタのドロドロに愛されて日々を過す。
” ジェーンは我が家のお姫様だ! ’
” 世界一可愛い女の子はジェーンだよ。”
” 皆が君の虜になる! ’
そんな口癖の様に毎日囁かれる言葉に、” そうか!私って世界一可愛いんだ! ” と思っていた。
────準成人を迎えるまでは……。
この国の殆どの貴族たち同様、私も家の近くにある中学院に通うことになったのだが、そこには今までとは180度変わった世界が存在していた。
洗練された美しさをもつご令息、ご令嬢!
上から下まで完璧といえるコーディネート!
生まれながらの気品オーラ!!
そんな人達がうじゃうじゃいる中で、私は悟る。
あれ?私ってめちゃくちゃ平凡じゃん……と。
自分が、可愛いとはとても言えない平凡な容姿である事、その事に気づいた時は、本当にショックで……。
しかも、その当時憧れていた男性が、物凄い美人と結婚した事も重なって、私は三日三晩泣きはらした。
そもそも両親も兄も凡庸な顔立ちで、それにそっくりな自分が可愛い顔なわけないじゃないか!
そんな卑屈な事を考えてしまうと、大好きな両親や兄まで侮辱してしまった事に気づき、また泣く。
泣き腫らす私をオロオロと心配する両親と兄達に、それにこれ以上迷惑かけたくなくて、今度は自分が美しさの中心に立つのではなく、そんな人達をサポートする人になろう!と誓った。
それからは、今までサボりがちであった勉学を死ぬ気で頑張って頑張って────……。
なんとその努力が実り、あの美しさで不動のナンバーワン!な公爵家メルンブルク家の侍女として、雇ってもらえることになったのだ。
わ〜い!嬉しい!
喜びを胸に私がそこで見たものは、それはそれは美神の如くの完璧な容姿と優雅で洗練された仕草、そして一つ一つにセンスを感じる完璧な外面と────……。
ヘドロが聖水に思える様な、腐った内面であった。
それを思い出すと、今でも頭は痛み始め頭を抱えてしまう。
毎日毎日 ” 施し ” と言う名の乱れた交流会。
お互い競い合う様に雪だるま式に増えていく愛人達。
他者は使い捨ての道具でしょ?と真剣に語るクソ理論。
そしてそんな両親の元で育っていくコピーか?と言いたくなるような子どもたち……。
それを見て、私は二度目の悟り ” 人間中身が一番大事 ” を確立した。
美に対する憧れは遥か彼方まで吹き飛んでしまい、退職しようと決意した頃。
奥様のマリナ様が、この家の3人目となる次男リーフ様をご出産した。
またあの両親のコピーが誕生したのか……。
うんざりしながら部屋の外で控えていると、何やら様子がおかしい事に気づく。
中で聞こえるマリナ様とカール様の怒号、そしてドタドタと騒がしい足音がしたと思ったら、突然ドアが開いた。
すると、そこから飛び出してきたのは、生まれたての赤子を抱いた執事長カルパス様の姿だ。
あ〜……うんうん。なるほどね!
私を含め、部屋の前に待機していた侍女たちは、その手に抱かれている赤子を見て全ての事情を把握した。
「 これは私の子供ではない! 」
「 何かの間違いよ! 」
「 こんなモノいらない!! 」
怒り狂って錯乱するマリナ様から守るため、リーフ様はひとまず別室に移されたのだが、マリナ様に落ち着く様子は見られない。
「 侍女達は全員集合して!!マリナ様を落ち着かせなさい! 」
すると、直ぐに部屋の中から侍女長の命令が聞こえたため、私達は総出で向かわねばならなくなったが────生まれた赤子の世話をするため誰かが残らなければならず、全員が関わりたくなくて沈黙した。
公爵家の最大のトラブルに、あえて近づきたくない。
そうひしひしと感じる空気の中、私は「 はいは〜い! 」と手を上げて、喜んで立候補した。
明らかにホッとする侍女達が、そそくさと部屋の中へと入って行ったので、私は赤子が避難しているであろう隣の部屋へと向かう。
そして、到着した部屋の中をヒョイ!と覗けばカルパス様はおらず、その場にいるのはベビーベッドに寝かされている赤子だけだった。
「 あ〜、う〜。 」
「 おぉ〜ご機嫌ですね〜。 」
外はド修羅場中だというのに、赤子のリーフ様はウニウニと手足を動かし、ご機嫌な声を上げている。
可愛いな〜!
ヒョイッと抱き上げ揺らしてあげると、そのままウトウトし始めるリーフ様に自然と表情も緩んだ。
こんなに可愛いのに、なんで ” いらない ” なんて言うんだろう?
ドアの外からとぎれとぎれに聞こえる暴言の数々に、不快な気持ちはマックスだ。
とりあえず、今更何を言ったって生まれてきた命に責任を持つしかないじゃーん!
「 よしよ〜し。悪いパパとママでちゅねー! 」
そのまま小刻みに体を揺らし続けていると、とうとう完全に寝てしまったリーフ様を静かにベッドへと降ろす。
そして、外から聞こえ続けている怒号の嵐に大きなため息をついた。
きっとあの様子では、リーフ様は……。
あのヘドロの神互換なカール様とマリナ様の様子から、この憐れな赤子の未来を想像することは容易い。
私は眠ってしまったリーフ様のホッペを、プニプニと突きながら、その外見をマジマジと観察した。
茶色い髪に、あの二人に似ているところが1つもない容姿……。
鼻の頭にはそばかすらしきものまである。
” 平凡 ”
まさにそんな特徴を持つリーフ様に、自身の半生を重ねる。
平凡な容姿の私。
でもそんな私を可愛い、可愛いと死ぬほど愛してくれた両親に兄……。
外見など関係なく、私という人間を愛してくれて。
必要としてくれて。
受け入れて。
居場所をくれた。
それって────本当に幸せな事だったんだ。
私はそうして三度目の ” 悟り ” を得る。
そして思った。
私は私が貰ってきた沢山のものを、今度は他の誰かに与えていくべきだ。
与えてもらった幸せで、今度は誰かを幸せにすること、それが私の ” 正しき ” 世界のルールだから。
「 じゃあ、これから私が幸せを返す相手はこの子にしよう!
────うん、そう決〜めた! 」
決意も固まり、ニマニマ〜と笑っていると、突如寝ていたはずのリーフ様がカッと目を開けた。
「 ────??!! 」
勢いに驚いてビクッとしてしまったが、" 起きちゃったかな〜? " と話しかけようとしたその時……なんと、ムクリとリーフ様が立ち上がったのだ!
「 え?えええええ────!!!??? 」
口をあんぐりと開けて呆然としていると、どこからともなく ” チャンチャララララン♬ ” という聞いたことない独特の音楽が部屋で流れ始める。
するとそれと同時に、そこら中に音符のような記号がフワフワと浮かび上がった。
「 えっ……えっ……んんん〜!!?」
アタフタと周囲を見回す中、今度はその変な音楽に合わせて、リーフ様が踊りだす。
ダンス?なのかもしれないが、手を伸ばしたり足を伸ばしたりする動きから、ストレッチの類の様にも見えた。
「 …………??? 」
頭がハテナマークで埋まり正常な判断能力がもはや迷子となった頃、踊り終わった様子のリーフ様は満足そうに笑い、一言。
「 あ〜楽しかった! 」
そこで私の意識は薄れ、目を覚ませば目の前にはスヤスヤと眠ったままのリーフ様の姿があった。
あれ?私、夢見てた??
ゴシゴシと目をこすり、もう一度リーフ様を見下ろすと、先ほど眠った時から全く動いてないのが、シワ1つ無いシーツによって分かった。
「 ……疲れてたのかな? 」
摩訶不思議な気分のまま、リーフ様の頬をまた突いていると、その後様子を見に戻ってきたカルパス様に今後の予定を聞く。
するとリーフ様をあの顔だけクソ両親と引き離すため、このまま引き取って育てるというので、まさにグッドタイミングと思った私は片手をピッ!と元気よく挙げた。
「 私も一緒に行きたいで〜す! 」
喜んでそれについて行く希望を出し、今に至る。
「 今思えば、あれが人生の転機でしたね〜。 」
昔の事を思い出しながらリーフ様の成長にフフッと笑った後、私は机の上に置かれたチェス盤の駒を1つ進めた。




