156 イザベル戦闘開始( 後半 )
( ボブ )
俺が直ぐに後ろに下がると、女は心底呆れたようなため息をついた。
「 愚か者が。
盾など、魔力が尽きるまで無限に出せるに決まっているだろう。
一つ壊したからといって調子にのるなよ。 」
「 ────!!くそっ!そういうスキルかよ!!
朝まで時間を稼ぐつもりっすね! 」
迂闊だった。
例え同じ資質を持っていても、発現するスキルの数や種類は個人個人で異なる。
以前に聞いた守衛師のスキルは、盾が一度しか出ないタイプのものであったため、それと同じものだと勘違いしていた。
俺は、は〜っ……と長い溜め息をつき、顔を不機嫌に顰める。
「 あ〜選択間違えた〜。
これなら他の奴にすればよかったっすよー。
────……あ〜面倒くせぇ〜。
とりあえず仲間が帰ってきたら、総攻撃するしかないっすかね。 」
女は俺の言葉を聞いて、ククッと心底可笑しそうに笑った。
「 帰る?一体どこに誰が帰ってくるのだろうな?
帰ってくる仲間も、お前もここで終わりだというのに。 」
「 はぁ?恐怖で頭おかしくな────……。 」
女の意味不明な言葉を聞いて、鼻で笑ってやろうとしたのだが……それをする前に、俺は体を横にふっとばされた。
「 ────っ!!?!! 」
その後、吹っ飛んだ方向一直線にあった木に激突し勢いは止まったが、何が起きたのか分からず呆然とへたり込む俺の元へ、女はゆっくりと歩いて近づいてくる。
「 ふん……その程度でCランクとは、随分基準が甘いんじゃないのか?
まぁ、傭兵もBランク以上は化け物だがそれ以下はこの程度か。 」
女の手にはいつの間にか俺のタグが握られており、それをグシャリと握り潰していた。
自分が何をされてふっとばされたか分からず、久しく感じていなかった死の恐怖が頭の中にチラつく。
しかし直ぐに、そんな筈はない!と、頭を振って急いで立ち上がった。
「 い、一体何のスキルを使いやがった?
いきなりふっとばしやがってっ……!! 」
「 スキル?そんな物は使っていないぞ。
ただの身体強化だ。────こんな風にな。 」
言葉を言い終わった女の姿は視界から消え、どこだ!?と探す間もなくふっと目の前に現れた女は、手に持つ剣の柄頭で、俺の顎を下から上へ容赦なく打つ。
「 ……っ!!!ぐふっ!! 」
正確に人間の弱点を狙う顎への攻撃に脳は揺さぶられ、たまらず地面に膝を付けると、そのまま間髪入れず顔面を蹴られた。
────メキメキッ!!!
鼻が折れる音、ガツンと骨まで響く痛み……それを感じる暇もなく、俺はまたしてもふっ飛ばされてしまう。
鼻血をボタボタと垂らしながら女を睨み、恐怖を振り払う様に俺は怒鳴り散らした。
「 な……なんで< 守衛師 >如きがこんなにパワーとスピードがあるんだよ!!!
おかしいだろ!!??ふっざけんな!!
────……!!もしかしてお前、資質の2つ持ちか?! 」
資質の2つ持ちは今までの歴史の中で、かなり稀だがその存在は認められている。
もしこの女が、守衛師の他に強力な戦闘系資質を持っているなら、この強さも不思議ではない。
しかし女から帰ってきたのは、俺を心底見下しているような目であった。
「 資質、資質と小五月蝿い蝿め。
” 資質とはただの得意分野、苦手な分野をどう補うか常に考えろ。 ”
” スキルを使うだけならスライムでもできる。 ”
貴様のお陰で、父上のお言葉が如何に正しいかが証明されたな。
努力なしの資質など、ゴミ同然だ。 」
そう言い切って、俺にまたゆっくりと近づいてくる女。
距離が縮まる程、先ほどより身近になった恐怖を感じ、慌てて俺は女に向かって手を振る。
「 まっ……まてよ!!
俺たちの狙いは公爵令息様じゃなくて、出された依頼はこの屋敷に住み着いている ” 化け物 ” 退治なんっすよ!
今までのは、ちょっ〜と調子に乗っちまっただけで、あんたと戦うつもりなんてなかったんすよ〜。
────な?頼むから落ち着いてくださいよ〜 」
「 ほぅ? 」
女はピタリと止まって剣をしまったので、俺はしめたっ!!と内心ほくそ笑んだ。
諜報からの情報によると、女は熱心なイシュル教信者だ。
そのため、あの ” 化け物 ” に対しても、かなりの嫌悪感……いや憎んでいるともとれる行動が数多く見られるとの事だった。
公爵令息に逆らえない立場のため、イシュル教の禁忌とも呼べる化け物を排除したくても排除できない。
だが、恐らく誰よりもあの ” 化け物 ” を始末したいのは、この女だ!
「 いや〜あんなおっそろしい ” 化け物 ” と暮らすだなんてホント同情しちゃうっす〜。
俺だったら、あんな姿で生まれたら人様の迷惑になる前に消えると思いますけどね〜?
まさに世界の害悪!!
主人の側に置くおもちゃは、もっと綺麗な奴の方がよいと思うし〜それを陰ながら準備するのも、家臣の務めじゃないんすかね〜? 」
「 …………。 」
女は黙っている。
多分頭の中ではこうだ。
自分は立場的にあの ” 化け物 ” に手を下せないが、俺たちが始末してくれたら好都合。
それはつまり────それを実行してくれる俺と戦う理由はないということ!
「 ね?その通りっすよね?
だから俺たちが戦う理由なんて無いでしょ?
ここであなたが大人しく待っていれば全てが片付きますから。 」
女はピクリとも動かず、ついには下を向き肩を震わせた。
まぁ、守衛師みたいなお硬い奴らは、たとえ主のためとはいえ、命令に背くのは……とか、くそ真面目な事を考えてるのだろう。
今はその罪悪感との葛藤している所だと思われる。
「 ホント、雇われ兵士は苦労が多いっすね〜。
令息だって、我儘の酷い癇癪持ちなんでしょ?
ビービー泣いて、禄に授業も受けないって聞いたっすよ。
そんな弱っちい我儘令息と、挙げ句の果てには、神の禁忌の化身の ” 化け物 ” !!
ストレス半端ないんじゃないすか〜? 」
ほ〜ら、あんたの罪悪感なんて、幻なんすよ?
そんなヒス持ちで弱い令息なんて、そもそも守る価値なんてないんすよ〜と、遠回しに優しく諭す。
これで気持ちは決まっただろう。
俺たちはこの女の望み通りに ” 化け物 ” を始末する。そして────……。
その後は他の仲間たち全員で、この女をブッ殺してやんよ!!
俺がそんな思いを、媚びへつらう笑顔の下に隠していると、女は突然顔を上げ、あははは──!!!と大笑いをしはじめた。
「 ────は?? 」
なぜ急に大笑いしたのか驚き、呆然とその様子を見守っていると、女は目尻に浮かぶ涙を指で拭きとる。
「 くっくっくっ、すまなかったな。
その外見のみで他者の評価を下すこと。
そして自身の価値観と合わぬ存在ならば排除すべき……それを当たり前と語る姿が、こんなにも醜いものであったとは!
────私はまだまだ未熟者だな……。 」
女の言っている言葉の意味が分からずに、俺は首をかしげた。
「 ちょっとあんた何を言って────……。 」
「 お前は2つ勘違いをしている。
1つ、今の私があの ” 化け物 ” を嫌いな理由は、その外見ではない。
奴の ” 強さ ” と ” 目 ” だ。
私の今までの努力など軽く吹き飛ばす……いや目にも入らぬほどの強さは正直、腸が煮えくり返る。
しかし、それは私の気持ちの問題。
そんな気持ちに振り回され、卑劣な方法で相手を排除すれば────私は一生負け犬のまま。
私は私の力で、専属護衛の地位をいつか堂々と奪ってみせる。 」
ベラベラと語られるお綺麗事にイラッとさせられ、顔を顰める。
しかし、女は全くこちらを気にすることなく、続けて言った。
「 2つ。誰もが追いつくことのできぬ強さを持ち、その目には何も写さぬ恐ろしい ” 化け物 ” を、平然と抱え込めるお方が弱いわけ無かろう。
私ならあんな恐ろしい ” 目 ” で見られたら、一時間ももたん。
それを毎日、一日中ずっとだぞ?
常人には到達できぬ域なのは明確だ。
私に指一本触れるとこすらできない雑魚が、あのお方に敵うわけなかろう。
貴様は最初から終わってるんだ。
諦めろ。この雑魚虫が。 」
それを聞いた瞬間、あまりの怒りにクラクラした。
終わってる……?この俺が?
「 ふっざけんなよ!!この糞女ぁ!!!
俺が雑魚だと!!?終わってるだと!!??
冗談も大概にしろ!!潰れちまえ!!!! 」
俺は身体強化を唱え、女との距離を詰めると、最大魔力をこめたスキル< 強打 >を発動させる。
そして、全力で女めがけてハンマーを振り下ろした────が……?
「 スキル、< 風読み >────。 」
耳元でそんな静かな声が聞こえた瞬間、俺の体に物凄い衝撃が走る。
その直後、自分の力を失っていく体と共に意識が遠のいていく中、女の方に必死に視線を向けると、ニヤリと笑う女の姿がボンヤリと見えた。
「 私の< 風読み >をよけるなど、やはりあいつは ” 化け物 ” だな。 」
ポツリと呟かれる言葉が耳に入ったのが最後。
そこで俺の意識は、完全にブラックアウトした。
< ボブ VS イザベル >
イザベルの完全勝利




