138 さぁ、取り戻そう
( カール )
「 お母様、あまり正直に言ってはなりません。
美しさは生まれ持ってくるモノ……彼女はただ運がなかっただけです。
そのような憐れな者達に慈悲を与えるのも、美を持つ私達の義務ですから、どうか許して差し上げて? 」
「 まぁ!!シャルロッテはなんて優しいの!
カール!私達の天使がこんなにも心優しい子に育ってくれたわよ!
やはり私達は神に選ばれし使者!イシュル神様はずっと見守っていてくださっているのね。 」
マリナがシャルロッテを抱きしめ、目尻に涙を浮かべる姿を見て、私とグリードは顔を見合わせフッと笑いあう。
そのまま全員でクスクスと笑い合っていると、突然コンコンと扉を叩く小さな音がした。
すると、それに返事を返す間もなく、小さな子供が部屋の中に入ってくる。
フワフワの金色の髪に、ぱっちりとしたお人形のようなクリクリの青い目。
起きたばかりなため眠そうにゴシゴシと目元をこする姿が非常に可愛らしい、我がメルンブルク家の最後の家族────ジョンだ。
「 お父様、お母様……兄様、姉様も、僕を起こしてくれないなんて酷い。
僕も皆とお茶を飲みたいです! 」
紅茶の香りにつられてジョンが、お昼寝から起きてきたようだ。
「 ごめんなさいね、あまりにも気持ちよさそうに寝ていたものだから、起こすのが可哀想になってしまったのよ。
さぁ、こちらで一緒に飲みましょうね。 」
マリナがジョンを抱き上げ座り直すと、そのままその柔らかな頬にキスをする。
それを見たシャルロッテが同じようにキスを送り、私もクリードもそれに続けばジョンはすっかりご機嫌になって愛くるしい笑顔を見せてくれた。
ジョンは現在6歳、” アレ ” の後に生まれた正式な我がメルンブルク家の3人目の子供だ。
「 ふふっ、家族が全員揃ったな。
さあ、可愛い私の天使達、今日も色々な話を聞かせておくれ。 」
「 はい。お父様。
シャルロッテは、もうすぐウィッチア中学院の最終学年に進みます。
2年生の学院最終試験では見事主席を取得しました。 」
「 私、グリードはウィッチア中学院の卒業テストを主席で突破いたしました。
実力ある名家の者達も多くいましたが、メルンブルク家は神に選ばれし人間────負けるはずがございません。 」
「 んっと……僕だって家庭教師が凄いっていってくれました! 」
長男のグリードは優秀な成績で、王都近くのウィッチア学院を卒業し、この度王都のセントレイス高学院へ推薦入学が決まった。
そして長女のシャルロッテは、ウィッチア学院の最終学年にグリード同様優秀な成績で進学。
ジョンはまだ6歳にも関わらず既に小学院生レベルまで進んでいて、家庭教師からの絶賛の声を貰っている。
その報告に私もマリナも満足気に微笑み紅茶の香りを嗅ぎながら一口飲んだ。
「 流石は私達の子どもたち。
お前たちは我がメルンブルク家の誇りだ。
今度お祝いパーティを開いてプレゼントを贈ろう。
何が欲しいか考えておきなさい。 」
パーティ、プレゼントという言葉に3人はワッと喜び、輝くような笑顔を見せた。
「 お父様、ありがとうございます!
何にしようかしら?沢山あって迷ってしまいますわ。 」
「 私は新しい剣が欲しいです。
高学院の入学院式には最高級の物を持っていかねば、公爵家の人間として恥ずかしいですから。 」
兄と姉二人がそれぞれ欲しいものについて語るのを聞き、ジョンが身を乗り出すように言った。
「 僕も!僕も剣が欲しいです!
グリード兄様みたいにかっこよくなりたいんです。
それでいつか僕はナンバーワン中学院のライトノア学院を首席で卒業してみせます! 」
” ライトノア学院 ”
その名前が出た瞬間ピリッとした空気が漂った。
ついこの間、今年アレが恥知らずにもライトノア学院を受験するつもりだという情報が入った。
更に資質は< 魔術騎士 >という上級資質であったとも────……。
その連絡を受けた時は、あまりの忌々しさに、思わずその報告書を全て破り捨ててしまった。
上級資質は選ばれし者のための特別な力。
あんな醜い子供がそれを持つなど、神に逆らいし大罪と同義だ。
それを聞いた当時、マリナも同様に一瞬怒りと憎しみで一杯になった様だが、直ぐにふふっと花が咲く様な可憐な笑顔を見せて言った。
「 いくら高性能な魔道具を持っていようとも、お猿さんではそれを使うことはできませんわ。
計画の邪魔になるほどの実力など、到底持ち得る事はないでしょうから特に気にする必要はないでしょう。 」
マリナの言う通り、アレは癇癪を起こして学ぶ事もせず、数年前など ” 呪いの化け物 ” をどこからか拾って来ては毎日遊んでばかり。
しかも ” 拾った化け物を専属護衛にしたい ” などという連絡がカルパスからあり、思わず二人で声を立てて笑ってしまった。
確かに戦闘資質持ちの者を雇う事は徹底的に妨害しているが、まさかそんな化け物を雇う程追い詰められているとは!
やはり如何に優秀とはいえ、所詮は田舎貴族の端くれ。
我々の様な ” 本物 ” に使われなければ、他のゴミや虫と同じであるということか……。
万が一を考え、一応はその ” 化け物 ” についても調べておいたが、そいつは娼婦の母に捨て置かれた死にかけらしく、いざという時は剣どころか盾にすらなれない。
更には呪い付きという、こちらが手を出さずとも死んでくれるかもしれない。
そう判断した私は、喜んでその ” 化け物 ” をアレの専属護衛に任命してやった。
そんな化け物をおもちゃにして、毎日遊び呆けている子供など、どう頑張ってもライトノア学院に受かるはずがない。
しかし────上級資質を持っているため、他の程度の低い中学院ならば受かってしまう可能性はある。
「 ……忌々しい事だ。 」
愛しい家族の顔を見渡しながら、ボソッと呟いた。
そうなれば、ウィッチア学院に通っている愛しのシャルロッテと学院同士の合同イベントなどで出会ってしまうかもしれない。
それを考えると、全員が張り詰めた雰囲気になってしまったが────……。
「 ご、ごめんなさい……。 」
か細い声で謝るジョンの声に、全員がはっ!と我に帰った。
ジョンは自分の発言のせいで家族を怒らせてしまったと思ってしまったらしく、その両目には真珠の様な美しい涙が一杯に溢れている。
「 僕が我儘言っちゃったから?
……なら僕はもう何もいりません。
我儘を言ってごめんなさい。 」
私達は直ぐに緊張を解きジョンに謝り励ましたが、ポロポロと涙は止まることなく流れ続け、最後はそのまま寝てしまった。
その痛々しい寝顔を見て、私の胸はジクジクと痛み、そしてその痛みはすぐに激しい怒りとなって心を荒らす。
あぁ!!なんて事だ!!
アレのせいで私の大事な大事な家族が、悲しみに沈んでしまった!
今直ぐにでも八つ裂きにしてやりたい気持ちを必死で抑え、私はその場で、神に祈りを捧げた。
私達は神イシュルに祝福されし特別な存在、メルンブルク家。
邪悪なる化身を滅ぼし、本来の家族の姿を取り戻そう。




