102 懐かしき青春
( リーフ )
「 あ────っ!!!もうっほんっとにムカつくっす!!
マリオン様のやつ!
うちの家畜の干し草に放り込んでやりたいっすー!! 」
「 ハハハ、ニール落ち着けよ。
それでは干し草を食べる家畜が可哀想だろ。
ここは肥溜めと混ぜて肥料にするべきだ。」
プンプンと怒り狂いながらモルトとニールが、マリオンの愚痴を吐き出した。
二人はレオン程ではないが、何故かマリオンに目の敵にされていて、ことある事にチクチクと嫌味を言われ続けている。
ちなみに俺もガッツリ絡まれてはいるが……なにせ懐かない猫にしか見えないし、しかも遥か年下のマリオンに対し怒りなんて沸かない。
なんたって俺、70歳だからね?
前世と合わせると。
ハハッ〜!と笑いながら、更に現在のマリオンという少年について考えた。
確かに俺達に対しての態度はあまり良くはない。
しかし実はああ見えてものすごい努力家で、人の何倍も努力している事を知っている。
俺の脳裏にはコソコソと人に見えない様に努力して、絶対に人に見せないマリオン姿が浮かんだ。
上が迷えば下が困る。
それをマリオンは知っていて、既に人の上に立つため努力しているという事だ。
更に……。
俺はプリプリ怒って愚痴を吐き続けているモルトとニールを見つめた。
それになんだかんだで権力を使った陰湿な方法で相手を陥れたりせず、真正面から堂々と喧嘩を売りにくるのだから、中々悪くない絡み方だなとも思う。
それこそ爵位が低い二人に対しては、もっとダメージが高いやり方なんていくらでもあるはず。
俺はニッコリ笑いながら、うんうんと二人の話に相槌すると、二人は同時にニールママ特製チーズの小麦焼きを食べて、ほぅ……と幸せそうな顔を見せた。
どうやら美味しい物を食べて少しは落ち着いたようだ。
「 俺も一つも〜らおっ! 」
幸せそうにパクパクと小麦焼きを食べる二人を見ながらヒョイッと手に取り、口に入れた瞬間────……。
「 〜〜……っ〜っ!! 」
鼻を通り抜けていくチーズの癖のない良い香りに、思わず ” んん〜っ! ” と目と口を窄めた。
う、う、うま〜……っ!
その旨味をしっかり噛み締めながら、ふと周りに生えている木々の紅葉を見回し、絶景といえる景色を楽しむ。
ここは学院の中にある裏庭にほど近い広場。
日当たりもそんなに良くなく教室からも結構離れている為、あまり人気がない場所なのだが、その分景色が素晴らしい。
緑成分が多く、今の時期は紅葉を楽しむことができる俺達の隠れスポットなのだ。
そんな人気のない広場ではあるが、ちゃんと丸いテーブルが点々と設置されており、その中の一つに四人で座ってのランチが定番となっている。
「 うむ、世の中色々な人がいるからね。
柔軟性のある若い内に、それを体験できて俺達はラッキーだよ。
仕事が絡んでくると回避の難易度が上がってくるし、ましてや爵位があると尚更だろうしね。 」
この世界の子供たちの生活はスーパーハードモード!
そんなストレスフルな生活について嘆きながら言うと、二人はジト〜とした視線を俺に向けてきた。
「 リーフ様、言ってることがウチのおじいちゃんと一緒っすよ。
俺はそんなふうに思えません。
ムカつくものはムカつきます。
リーフ様だってずっっ────〜……っと!嫌味言われてきたじゃないですか!
嫌じゃないんすか?! 」
「 相手は伯爵様だからな……。
男爵の俺達は我慢一択しかない。
非常に不愉快な気持ちしかありません。
リーフ様は心が広すぎます。 」
────ゴゴゴゴ〜ッ!!!!
モルトとニールは、言っている内に怒りが再燃してしまった様だったので、俺はクールダウンしてもらおうと手をヒラヒラと振る。
「 まぁまぁ。若いうちにいかに心の耐性値を取得出来たかで、後半の人生は楽にだね────……。 」
そんな年寄り臭いそんな言葉など、若者二人の心には全く響かない様だ。
メラメラと怒りの炎は大きく、中々静まらない。
まぁ、性格イノシシの俺だって偉そうに説教できる様な子供時代を送ってないからな〜。
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を見て、当時を思い出して苦笑い。
そのまま可愛らしい愚痴を吐き合う二人を見守りながら、もう一つ麦焼き手に取り、後ろに座っているレオンの口に近づけた。
そうそう……。
────後ろに座っているレオンに……。
レオンの顔を見つめながら、今の異常な配置について考え、ニッコリ笑う。
現在テーブルを囲む椅子は三つ。
その2つにモルトとニールが座り、最後の一つはレオンが座っている。
そして────……俺はその座っているレオンの上に座っているのだ。
” ちょっと何言ってるのか分からない。”
そう言いたくなるが、要は俺はレオンのお膝の上にちょこんと乗っている。ちょうどぬいぐるみみたいに。
乗り心地はガチッと硬い、イメージ的には社長さんとかが座るゴツい椅子。
しかし、とにかく安定感が凄くて " お高いんでしょう? " と思わず口に出したくなるほど。
更にレオンのちょうどよい体温により、ひんやりしてきた時期には嬉しいあったか仕様&転落する心配は御無用!
なんと落ちないように、腰にレオンの片手まで添えられている状態で、かつ体格差も考えると " これから腹話術でも披露するんですか? " と言われる事は必須な感じとなっております。
思わず心の中でレオンの乗り心地をプレゼンしていると、レオンは俺が差し出した小麦焼きに齧り付き、パァッと嬉しそうな表情を見せた。
美味しいようで何より何より〜!
そのままパクパクと小麦焼きを平らげていくレオンを見て喜びながらも、なぜこんな事になってしまったのかをボンヤリと思い出す。
確か始まりは2年くらい前……。
同じくランチの時間だったと思うが、当時のレオンは成長があまりに早かった為、着る服をかなり頻繁に変えなければならなかった。
そして、その日の服も帰ったら破棄する予定で、ならせっかくだからと、ちょっとした意地悪をしてやろう!と考えたのだ。
そのため、すぐさまいつも座る椅子にパッパッ!と土を振りかけて汚し、大袈裟なリアクションをして見せる。
「 ややっ!? 俺の椅子が汚れているじゃないか!
俺の高貴な服が汚れてしまうのは嫌だな〜。
────よしっ!レオンに新しいお仕事を与えてやることにし〜よおっと!
さぁ、ここに座って俺の ” 椅子 ” になるんだ。
分かったかな〜? 」
ニヤリと笑いながらレオンを振り返ると……そこには怒天をつく勢いで怒る顔があった。
お尻が汚れた様を見てちょっとだけ笑ってやろう程度だったのに、まさかこれほどレオンの怒りのピンポイントを押してしまうとは……。
内心ビクビクしながら、心の中でひぇっと悲鳴を上げた。
無表情な顔で熟成トマトの顔色、そして鬼気迫る雰囲気はただただ怖い。
その場にいるモルトとニールなんかは、そろりと2歩程レオンから遠ざかり、俺から不自然に目をそらす。
も、もしかしてこの国でこれはすごく失礼な行為だったのでは?!と焦り、若干遠い位置にいるモルトとニールに尋ねようと口を開きかけた、その時────……。
「 ……おまたせしました。 」
突然レオンが勢いよくその椅子に座り、俺に向かってとボソボソと呟いた。
その顔は依然鬼気迫ったまま……。
しかし言ってしまった手前、今更しなくていいとは言えず、俺は怒れるレオンの膝の上にそろりと乗ってみる。
「 …………。 」
「 …………。 」
その後は俺もレオンも無言。
そしてモルトもニールも一言も話してくれず、凄い気まずい雰囲気のなか黙々とサンドイッチを食べる事になってしまった。
そこまで嫌な事ならやらせるのはかわいそうか……。
そう考えて、次の日は普通に座ろうとしたのだが……そこは真面目なレオンのこと。
” 残飯処理 ”
” 馬 ”
” 的 ”
それに引き続き、この ” 椅子 ” も自身が行うべきお仕事だとインプットしたらしく、野外のランチの度にすかさずこの ” 椅子 ” を実行するようになった。
更に最近では、家や学院内でもしようとしてくるもんだから、家では品性高潔のイザベルに、学院ではレオンに文句を言いたい病のマリオンにガーガー叱咤をされるわけだが、勿論レオンは全く聞いていない。
そんな状況に、いつしか俺も周りも慣れ、普通の情景と化し今に至っている……というわけだ。
児童保護法、労働基準法……。
────児童虐待待ったナシ!
痛む頭に、思わずこめかみを押さえ、モミモミと解す。
更にレオンの仕事はこれだけではない。
俺の与えた小麦焼きをすべて食べ終えたレオンは、前に置かれたサンドイッチに手を伸ばし、極々自然な動きで俺の口元へそれを近づけた。
俺は反射的に口を開けると、すかさずサンドイッチは口の中へ。
ピリッと口を刺激する辛味とチーズの相性が抜群なサンドイッチは間違いなく美味しい。
流石アントン!最高の料理をいつも有難う!
そう感謝しながらムシャムシャと美味しく頂いていると、レオンもその隙にパクリとそれに齧り付きフワッと笑う。
そして口の空いた俺にもう一度サンドイッチを近づけて、自分が食べてを繰り返し、それがサンドイッチがなくなるまで続くのだ。
" 介護 "
寝たきりになったお年寄りを抱き起こし、手を使うことなくその口に食物を与える……そんなシーンが頭に浮かび、更に頭はズキズキ痛んだ。
前世で勤めていた孤児院【 りんごの家 】
その隣には老人ホームがあって、昔からその園長さんやスタッフとはとても仲良くしていたのだが、子供を相手にするのとは全く違うお仕事の大変さに、いつも凄いなと思っていた。
そしてそこに入居しているご老人が幸せそうにご飯を食べさせて貰っているのを見て、" 俺もいつかはこうやって世話して貰えたら嬉しいな〜 。 " なんて、羨ましがっていいたが、まさに今それが叶っている状態なのである。
世の中何があるか分からないもんだ。
……まぁ、俺、一度死んじゃって二回目の人生なんだけどね〜!
ハハハッ!と笑いながら、まだまだ続くレオンのお仕事を振り返った。
俺が修行で倒れた時やランチしている途中眠気に襲われた時、レオンはいつも持ち歩いているブランケットで俺を包み込む。
そうしてうっかり眠ってしまった後、突然「 ────むあぁ?! 」と変な声を出して目覚めた俺が目にするもの。
それは母性愛に満ち溢れたレオンの顔だ。
" ベビーシッター "
夜泣きしたりグズったりする赤ちゃんを、おくるみと呼ばれる大きな布で包み込み抱っこすれば大抵の赤ちゃんは泣き止んで寝る。
何千何万回とやってきたそれを、まさか自分がやって貰う立場になるとは……。
恥ずかしくて本気で泣きそうになった思い出を振り返り、鼻を啜った。
そんなこんなで、とりあえずは早急にレオンの労働環境の改善が必要だ。
その事について、うんうんと悩みながら……結局全くその改善策が浮かばないまま、俺はレオンに4つ目のサンドイッチを食べさせてもらった。




