7 一人の世界
その後しばらくの間、彼は家で震えて閉じこもっていたが、やはり空腹には耐えられず、また街の方へ行くことを決意する。
ただしこの間とは違い、頭からスッポリと大きな布を被り、出来るだけ顔と体全体を隠して……。
そうしてできるだけ目立たずコソコソと行動し、ゴミ箱を漁っては食べれそうなものを探す。
そんな生活を続ける彼に対し、街の人々はその存在に気づいても絶対に近づこうとはしなかった。
彼のもつ黒と左半身の醜い姿は、恐ろしい『呪い』であり、周りに伝染するのではないか?と恐れていたからだ。
遠巻きにされ、時には石を投げられ遠ざけられる辛い日々の中、彼は街で交される会話を元に少しずつ言葉を覚えていった。
そして、やがて母親の言い放った『気持ち悪い』『化け物』の意味を知る。
母親が家に帰ってこない事。
自分を見てくれない事。
それは自分が『気持ち悪い化け物』だからなのだと、やっと理解した彼は、その場で泣いた。
何故自分は、こんな姿で産まれたのか?
何故自分だけがこんな辛い思いをしなければいけないのか?
飢えにより体も心も弱っている中、泣きながら彼は最後に母親の名前を呟いた。
しかし、どんなに彼が泣いても叫んでもその声は誰にも届かない。
彼のいる世界は自分というたった一人しか存在しない世界だからだ。
いつもと同じ朝が来て、いつもと同じ夜が来る、そこに自分以外の『誰か』は存在しない。
何度も何度もそれが繰り返される内に、その『たった一人しか存在しない世界』は彼の日常に。
そしてそれに伴う感情も、全て当たり前のものとなっていく。
それこそが、彼にとってのあるがままの世界であり真実の姿だ。
そしてその場所だけが自分が存在を許された唯一の場所であるということを、彼はゆっくり、ゆっくりと受け入れていった。