慣性の法則
一方、鈴菜が向かった場所は、梓の眠る墓地だった。そこで彼女の目に、いくつかの墓石の残骸と、異形の魔物の姿が飛び込んできた。彼女が辺りを見回したところ、梓の墓はまだ壊されていない様子だった。
「梓の眠りは、誰にも邪魔させねぇッス!」
声を張り上げた鈴菜は、すぐに変身した。しかし、この墓地で死闘を繰り広げるわけにもいかない。彼女は先ず、一発だけ星型の光を放った。この一撃により腹部に風穴を開けられた魔物は、再生しながら彼女の方へと振り向く。
鈴菜はすぐに逃げ出した。
無論、彼女は戦いを放棄したわけではない。彼女が並木道を駆け抜けていく中、魔物はその後を容赦なく追っていく。それから数分ほど走り続けた末に、両者は瓦礫の山に辿り着いた。
これが鈴菜の狙いだ。
「ここなら、思う存分暴れられるッスね!」
正義感の強い彼女は、極力怪我人を出したくないと考えていた。さっそく、彼女は星型の光を連射する。その一つ一つは眼前の標的を追尾し、その身を貫きながら爆発した。しかし、魔物は例の如く瞬時に再生してしまう。
「再生能力があるんスか……厄介ッスね!」
必死に思考を巡らせつつ、鈴菜は攻撃を続けた。その目の前から迫る魔物は、凄い勢いで間合いを詰めている。そして両者の間合いが限界まで縮まるや否や、魔物の剛腕は彼女の身を勢いよく殴り飛ばした。鈴菜はうめき声を上げつつ、その身を瓦礫の塊に叩きつけられる。息を荒げる彼女の目の前で、魔物は無機質な圧を放っている。今のウィザードたちの敵は魔術を持たない代わりに、純然たる「力」を持て余しているようだ。
「つ……強い……」
鈴菜が呟いたのも束の間、その標的は瞬時に駆けだした。そして魔物は強靭な腕で彼女を捕らえ、口を大きく開く。
「ウ、ウチを食っても、美味しくねぇッスよぉ!」
このままでは、鈴菜は捕食されてしまうだろう。彼女は星型の光を一ヶ所に集め、それから凄まじい火力の光線を放った。魔物の体は一瞬にして粉砕され、鈴菜は一先ず拘束から脱け出した。そんな彼女の目の前で、魔物はみるみるうちに再生していく。そこで彼女は、ある事実に気づく。
「コイツ……今、退いたんスか? ダメージは修復されても、ノックバックはしてしまうみたいッスねぇ」
――彼女の攻撃により、魔物は少しばかり後方に押されたようだ。この事実を踏まえ、彼女はふとひらめいた。さっそく、鈴菜は再生を終えた魔物の足下へと滑り込み、斜め上の方向に向かって星型の光を乱射した。彼女の攻撃により、その標的の体は徐々に上昇している。当然、魔術や武器を持たない者は、近接戦闘でしか戦えない。魔物はいたずらに再生を繰り返しつつ、空の高い所まで押し出された。無論、魔力を持たない存在を感じ取る力は、ウィザードには無い。しかし鈴菜の魔術をもってすれば、その問題を解決するのも実に容易である。彼女は今、闇雲に光の弾を乱射しているが、その全てが標的を「追尾」している。彼女にとって、見えない相手に攻撃を加えるのはそう難しいことではない。
「これで、どうッスか!」
その場に大声を響かせた鈴菜は、星型の光を手元に集めた。そして彼女の両手から、彼女自身の全身全霊を籠めた光線が放たれる。
――魔物は大気圏外に押し出され、宇宙へと放り出された。
鈴菜の勝利だ。己に相手を押し出す力があると知った時、彼女はあの魔物を宇宙に追いやろうと考えたのだ。
「これなら、あの化け物が生きていようと、そうでなかろうと……関係ねぇッス。慣性の法則がある限り、生身の生物が宇宙を自在に遊泳することは出来ねぇッスからね」
得意気な顔でそう語った鈴菜は、空を仰ぎながら変身を解いた。これまで数々の死線を潜り抜けてきた彼女は、たくましく成長していた。