正気な奴には務まらねぇ
魔法石を取り戻したヒロは、あれから何日も海外のウィザードたちと戦ってきた。病状が芳しくない天真は医務室で身を休めていたが、鈴菜と紅愛、そして逢魔の三人はヒロと同じように戦場へと赴いた。それから約一ヶ月が経過し、彼らのウィザードレベルは高まった。そして今日、五人は医務室に集結している。
話を切り出すのは、ヒロだ。
「そろそろ……日向にも勝てるかも知れないな」
全ての元凶を絶たなければ、彼らの戦いが終わることはない。そして五人が力を培ってきた今、再びあの男に挑むには絶好の機会である。
「そうッスね。これ以上、余計な犠牲を生まねぇためにも、余計な悲しみを生まねぇためにも……アイツを倒すッス!」
そう返した鈴菜は、底無しの闘志を燃やしていた。無論、紅愛と逢魔の答えも決まっている。
「当然だ。オレたちが終止符を打たなければならねぇ……あの男の狼藉にな」
「ククク……今でこそ『仲間』でも、元々の俺たちは利害の一致で手を組んだ……つまりアイツが俺たちを束ねたんだ。俺たちを敵に回したこと、後悔させてやらないとなァ」
今の四人に勝算があるのかは定かではない。それでもヒロたちは、日向に立ち向かわざるを得ない。あの男の本性を知って以来、彼らはずっとそんな使命感を抱いてきたのだ。
そして一人――誰よりも真っ先に日向と対立していた者がいる。
「ボクも戦おう」
――天真だ。彼はベッドから起き上がり、戦意に満ちた目を見せた。しかし彼は、幾度となく体調を崩してきた身の上だ。当然、他のウィザードたちは彼が心配でならない。
「天真……君はもう戦わなくて良い。このままじゃ、今度こそ死ぬぞ……」
「そうッスよ! 魔力を酷使したウィザードの末路なんて、天真さんが一番よく知っているはずッス!」
「アンタは休め……天真。オレたちにはアンタを憎んでいたこともあったが、それはアンタのことを誤解していただけだ。今のオレたちは、アンタに身を滅ぼして欲しくねぇんだよ。アンタには、死なれたくねぇ……ってヤツだ」
三人はそう言ったが、天真はやる気に満ち溢れている。
「ご心配どうも。でも、ボクはもう戦える状態だよ。結構、回復してきたからね」
それが虚勢か、あるいは真実か――それは誰にもわからない。いずれにせよ、彼が引き下がることはないだろう。それを誰よりも理解しているのは、逢魔である。
「……まあ、お前に説得は通じねぇよな。そういう手合いじゃないだろ、お前。魔力を酷使した反動がもたらす身体への実害を誰よりも理解しておきながら、お前はそれを一人で抱え込もうとしてきた。人が良すぎて、もはやある種のヘンタイなんだよ……お前は」
「ヘ……ヘンタイ? ボクがかい?」
「ヘンタイに決まってるだろ。それが善意を軸としていることは重々承知しているが、それでも常軌を逸した自己犠牲の精神を張れる奴は、どこかしらおかしいんだよ。わかったか、ヘンタイ野郎」
その言い分に、天真はどこか納得のいかない様子だった。ヒロは少し意地悪な微笑みを浮かべ、彼に言う。
「それじゃ、行くぞ……ヘンタイ野郎」
直後、その背後で鈴菜が噴き出す。
「ぷぷっ……ヒロさんも、冗談が言えるようになったんスね! あはは!」
彼女の笑みには、どことなく喜びも交じっていた。一方で、紅愛は少し呆れている様子だ。
「常軌を逸した自己犠牲なんて、つい最近ヒロが張ろうとしていたもんだろ。ヒロだけは、天真をヘンタイ野郎とは呼べねぇよ……」
「あはは……それもそうッスね」
「……だが、この仕事は正気な奴には務まらねぇ。行くぞ、愛すべきヘンタイ野郎ども」
いよいよ、五人は日向と戦うことになる。
ヒロを先頭とした五人は、勇ましい足取りで社長室へと向かった。