ヒロの命
ヒロが目を覚ましたのは、その翌日のことだった。彼が最初に目にしたものは、鈴菜の泣き顔だ。彼女の頬は赤く染まっており、いかに彼女が泣き腫らしていたのかを物語っている。
「ヒロさん! どうしてあんな無茶をしたんスか!」
それが彼女の第一声だった。無論、ヒロにも自分なりの考えはあった。彼が一人でヨハネに挑んだ理由は、ただ一つだ。
「前にも話した通り、俺はスワンプマンだ。俺の命なんて、いくらでも作り直せる」
「作り直せるとか、作り直せねぇとか、そういう問題じゃねぇッス!」
「俺は元々、他の誰かの代替品で、その誰かが息を吹き返したんだ。その時点で、俺の命なんて安いもんだ」
何やら彼は、自分の命を大事にしていない様子だった。鈴菜は唇を噛みしめ、肩を震わせた。そして彼女は、ヒロの頬に全力の平手打ちを食らわせる。面食らった彼を前に、鈴菜の感情は高ぶっていくばかりだ。
「そうやって……自分の命を粗末にするんじゃねぇッス!」
「鈴菜……?」
「ヒロさんはずっと、独りで痛みを抱えてきたッス。でも、もうヒロさんの命は、ヒロさん一人のものじゃねぇッス!」
腹の底から発せられたその声は、酷く枯れていた。その声色には、彼女の必死な想いが籠っていた。それでもヒロは、己のしたことの深刻さを理解していない。
「じゃあ君は、俺の生きる意味を答えらえるのか?」
そう訊ねたヒロは、どことなく虚ろな目をしていた。依然として死の危険を省みない彼に対し、鈴菜は更に激昂する。
「それはウチらが勝手に決めることじゃねぇッス! ヒロさんには、自分の生き方を自分で見つけて欲しいッス!」
「ずいぶん無責任なんだな」
今のヒロは、己の価値を理解できていない。しかし、彼は決して話し合いの通じない相手ではないだろう。そう信じた鈴菜は、己の胸の奥から湧き上がる感情を言葉にしていく。
「ヒロさんが生まれて良かったって、生きてて良かったって心から口に出来るまで、ウチは絶対諦めねぇッス!」
「諦めないって……一体、どうやって……」
「ヒロさんが自分の命を無価値だと思っているのなら、生まれてくれてありがとうって、生きててくれてありがとうって、何度でもそう言ってやるッス! それが、ウチの本心だから……」
親友を二人も失った彼女にとって、これ以上多くのものを失うのは実に耐え難いことだ。罪悪感に苛まれたヒロは、思わず目を逸らした。その視線の先に立っていたのは、紅愛と天真である。
「アンタが鈴菜を泣かせたんだ……ヒロ。アンタの自己犠牲は、アンタの想像を絶する悲しみを生むんだよ」
「ヒロ。ボクたちは変わらなければならない。いっそ嫌われ者でいた方が、死んでも良い人間でいた方が、ボクたちは楽だった。だけどボクたちはここの皆にとって手放せない存在で、ボクたちにとってもこの温もりは手放すに惜しいものなんだ」
かつては全てを失ったヒロも、今は仲間に囲まれている。少なくとも、今の彼の命は決して軽いものではない。
「鈴菜、紅愛、天真……本当にすまなかった。俺の命は、君たちにとって、そんなに意味のあるものだったんだな……」
反省の言葉を口にしたヒロは、少しばかり嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
その時である。
「アイツらだけじゃない」
医務室の扉の奥から、彼のよく聞き慣れている声がした。扉はすぐに開かれ、逢魔が姿を現す。
「逢魔……?」
「ようやく、俺にも理解できたよ。天真の言っていたことが。俺は今、お前に対してこう思ったんだ……『コイツには死なれたくない』って……」
ウィザードたちと過ごした時間を経て、逢魔は着実に人間らしい感情を培っていた。
「……そっか。逢魔も、ごめんな。そして、ありがとう」
そう返したヒロは、更に嬉々とした笑みを浮かべた。