表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィザーズ・イン・ザ・シティ  作者: やばくない奴
ヨハネ・ベネフォード
89/116

ヒロの命

 ヒロが目を覚ましたのは、その翌日のことだった。彼が最初に目にしたものは、鈴菜(すずな)の泣き顔だ。彼女の頬は赤く染まっており、いかに彼女が泣き腫らしていたのかを物語っている。

「ヒロさん! どうしてあんな無茶をしたんスか!」

 それが彼女の第一声だった。無論、ヒロにも自分なりの考えはあった。彼が一人でヨハネに挑んだ理由は、ただ一つだ。

「前にも話した通り、俺はスワンプマンだ。俺の命なんて、いくらでも作り直せる」

「作り直せるとか、作り直せねぇとか、そういう問題じゃねぇッス!」

「俺は元々、他の誰かの代替品で、その誰かが息を吹き返したんだ。その時点で、俺の命なんて安いもんだ」

 何やら彼は、自分の命を大事にしていない様子だった。鈴菜は唇を噛みしめ、肩を震わせた。そして彼女は、ヒロの頬に全力の平手打ちを食らわせる。面食らった彼を前に、鈴菜の感情は高ぶっていくばかりだ。

「そうやって……自分の命を粗末にするんじゃねぇッス!」

「鈴菜……?」

「ヒロさんはずっと、独りで痛みを抱えてきたッス。でも、もうヒロさんの命は、ヒロさん一人のものじゃねぇッス!」

 腹の底から発せられたその声は、酷く枯れていた。その声色には、彼女の必死な想いが籠っていた。それでもヒロは、己のしたことの深刻さを理解していない。

「じゃあ君は、俺の生きる意味を答えらえるのか?」

 そう訊ねたヒロは、どことなく虚ろな目をしていた。依然として死の危険を省みない彼に対し、鈴菜は更に激昂する。

「それはウチらが勝手に決めることじゃねぇッス! ヒロさんには、自分の生き方を自分で見つけて欲しいッス!」

「ずいぶん無責任なんだな」

 今のヒロは、己の価値を理解できていない。しかし、彼は決して話し合いの通じない相手ではないだろう。そう信じた鈴菜は、己の胸の奥から湧き上がる感情を言葉にしていく。

「ヒロさんが生まれて良かったって、生きてて良かったって心から口に出来るまで、ウチは絶対諦めねぇッス!」

「諦めないって……一体、どうやって……」

「ヒロさんが自分の命を無価値だと思っているのなら、生まれてくれてありがとうって、生きててくれてありがとうって、何度でもそう言ってやるッス! それが、ウチの本心だから……」

 親友を二人も失った彼女にとって、これ以上多くのものを失うのは実に耐え難いことだ。罪悪感に苛まれたヒロは、思わず目を逸らした。その視線の先に立っていたのは、紅愛(くれあ)天真(てんま)である。

「アンタが鈴菜を泣かせたんだ……ヒロ。アンタの自己犠牲は、アンタの想像を絶する悲しみを生むんだよ」

「ヒロ。ボクたちは変わらなければならない。いっそ嫌われ者でいた方が、死んでも良い人間でいた方が、ボクたちは楽だった。だけどボクたちはここの皆にとって手放せない存在で、ボクたちにとってもこの温もりは手放すに惜しいものなんだ」

 かつては全てを失ったヒロも、今は仲間に囲まれている。少なくとも、今の彼の命は決して軽いものではない。

「鈴菜、紅愛、天真……本当にすまなかった。俺の命は、君たちにとって、そんなに意味のあるものだったんだな……」

 反省の言葉を口にしたヒロは、少しばかり嬉しそうな微笑みを浮かべていた。


 その時である。

「アイツらだけじゃない」

 医務室の扉の奥から、彼のよく聞き慣れている声がした。扉はすぐに開かれ、逢魔(おうま)が姿を現す。

「逢魔……?」

「ようやく、俺にも理解できたよ。天真の言っていたことが。俺は今、お前に対してこう思ったんだ……『コイツには死なれたくない』って……」

 ウィザードたちと過ごした時間を経て、逢魔は着実に人間らしい感情を培っていた。

「……そっか。逢魔も、ごめんな。そして、ありがとう」

 そう返したヒロは、更に嬉々とした笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ