命知らず
それは翌朝のことだった。
「大変ッスよ! 皆!」
医務室に、鈴菜の声が響き渡った。紅愛と天真は目を覚まし、大きな伸びをする。二人が周囲を見渡すと、そこにヒロの姿はない。
「一体、何があった?」
紅愛は訊ねた。鈴菜はミニテーブルに置かれたアタッシュケースを指差し、慌てた様子で声を張り上げる。
「朝起きたら、ヒロさんがいなかったんスよ! その上、魔法石が一つ無くなってて……」
その言葉に、紅愛と天真は全てを察した。
「つまり、アイツは……」
「あの魔法石を持って……!」
これはただならぬ事態だ。二人はすぐに起き上がり、紅愛は女子用のロッカー室、天真は男子用のロッカー室へと駆け込んだ。それから着替えを済ませた二人は、すぐに医務室へと戻る。ヒロの向かった場所について、紅愛は心当たりがある。
「アイツはきっと、壊れた街に向かったはずだ。あの場所なら、一般市民を巻き込まずに済むからな」
思い立ったが吉日だ。これから三人は、あの街に向かうつもりだ。
――その時だった。
「あの街に、ヒロはいなかったぞ」
突如、鈴菜たちの前に逢魔が現れた。何やら彼も、ヒロのことを探していたようだ。幸い、彼は瞬間移動を使える身だ。そんな彼なら、すでにヒロを見つけていてもおかしくはないだろう。
「ヒロさんは、一体……どこに行ったんスか!」
依然として、鈴菜は半ば取り乱していた。そんな彼女に手を差し伸べ、逢魔は言う。
「俺が瞬間移動で連れて行ってやるよ。お前ら、俺の手を掴みな」
三人のウィザードたちは深く頷き、すぐに彼の手を掴んだ。逢魔は彼らを連れ、瞬間移動でその場を去った。
逢魔たちがたどり着いたのは、とある路地裏だ。そこではすでに、ヒロとヨハネが戦っていた。ヒロはよろけながらも剣を振り続け、ヨハネを退けている。彼は今優勢だが、その体にはノイズが走り続けている。
「何故だ! ヨハネさんの魔術を使っても、体が再生しないなんて!」
そう叫んだヨハネもまた、全身に深い切り傷を負っていた。ヒロが渡された魔法石は、凄まじい力を秘めているようだ。その分、彼の体にかかる負荷もまた計り知れないものである。
「やめろ、ヒロ! 変身を解け!」
大声を張り上げた紅愛は、咄嗟に両者の間に割り込もうとした。そんな彼女を片手で振り払い、ヒロは言う。
「俺が……コイツを倒すんだ」
しかし彼は、すでに満身創痍の有り様だ。その口元からは鮮血が流れており、その足取りはあまりにもおぼつかないものである。そんな彼の姿を前に、天真は叫ぶ。
「あの馬鹿……死ぬぞ!」
無論、今のヒロはそんな忠告を聞き入れられる状態ではない。ヒロは禍々しい魔力を帯びた剣を振り続け、目の前の強敵に迫っていく。それに応戦するように、ヨハネも星型の光を連射していく。両者ともに、一歩も譲らない戦いだ。そんな死闘の最中、ヒロの体に走るノイズは更に勢いを増していく。彼は今、己の命を削りながら変身を維持しているのだ。これには鈴菜も、もう黙ってはいられないだろう。
「もうやめて! ヒロさん! このままじゃ、マズいッスよ!」
彼女がそう叫んだ時だった。
ヒロは変身が解け、吐血しながら崩れ落ちた。彼は意識を失っており、その体は酷く発熱している。一方で、その敵対者も限界を迎えつつあった。ヨハネは己の体にノイズが走っていることに気づき、すぐに変身を解く。
「このまま戦いを続行するのは危険デスネ……また会いましょうか」
そう言い残した彼は、酷く咳き込みながらその場を去った。鈴菜はヒロの方へと駆け寄り、一心不乱に彼の身を揺する。
「ヒロさん! 死なないで欲しいッス! もうこれ以上、仲間や友達が死ぬところなんて……見たくねぇッスよ!」
このままでは、彼の命も長くはもたないだろう。
ヒロは今、命の危機に瀕している。