テッポウエビ
数日後、ヒロと鈴菜は先日崩れた街の跡地を訪ねていた。路上には瓦礫や家具の破片などが散らばっており、人々が生活していた痕跡が残されている。
「奴らの狙いは、俺たちの魔法石だ。これ以上、一般市民を巻き込まないためには、すでに人が去った場所で敵を待つしかないだろう」
「それもそうッスね。しかし奴らも、酷いことをするもんッスよね。これだけの被害を出しておいて、日向の奴はまるで罪悪感を覚えていねぇみたいだし、最悪ッスよ」
「そうだな。俺たちの国は、何もかもが変わってしまった。それも、たった一人の男の手によってな……」
あの男がもたらした被害は、尋常ではない。更に言うならば、ヒロたちが戦死しようが、そうでなかろうが、どのみち日向の思い通りに事が運んでしまう。鈴菜はふと立ち止まり、その場でうつむいた。彼女の口から、あの男への憎しみが語られる。
「梓も晴香も、あの男のせいで死んだッス。だけど、ウチらが殺してきたヴィランたちも、誰かにとっては大切な人で、それでもウチらは戦わざるを得なかったッス! あの人は、一体、どれだけの人を傷つければ気が済むんスか!」
退廃的な瓦礫の海の上で、冷たい風が吹き抜けた。彼女の想いは十分に理解できる一方で、ヒロには返す言葉が見当たらない。彼はただ、純然たる覚悟に満ちた言葉を紡ぐだけだ。
「早いところ、この戦争を終わらせないとな。その後、俺たちは今度こそ日向を倒す。もう二度と、悲劇が繰り返されないように」
そう言い放った彼は、真剣な眼差しをしていた。鈴菜は小さく頷き、それから顔を上げる。
「見せてやるッスよ……ウチらの力を!」
感傷に浸っている暇など、二人にはない。改めて決意を固めたヒロたちは、一斉に同じ方向を睨みつけた。彼らの視線の先に居たのは、紫色の毛色をしたツーブロックの男だった。彼こそあの写真に写っていた男――ヨハネ・ベネフォードその人である。
「変身」
不敵な笑みを浮かべたヨハネは、いかにも魔法使いらしい衣装に身を包んだ。彼に続き、ヒロと鈴菜も変身する。臨戦態勢の彼らが神妙な顔つきをしている中、ヨハネはどこか余裕に満ちた笑みを浮かべていた。
直後、ヨハネは己の右手をハサミのようなものに作り変え、それを勢いよく閉じた。
奇妙な力が働き、ヒロと鈴菜は後方へと吹き飛んだ。二人の肌には、どういうわけか火傷痕が残されている。
「この力は、一体……?」
予期せぬ事態を前にして、ヒロはうろたえた。そんな彼と共に着地するや否や、鈴菜はあの力の正体を暴く。
「あのハサミと、今の衝撃波、そして熱……あれは間違いなく、テッポウエビの力ッスよ!」
「テッポウエビ……?」
「ハサミを閉じる力だけで衝撃波を生み出し、四千度以上の熱を発生させるエビがいるんスよ! 本で読んだことがあるッス!」
何やら彼女には、動物にまつわる知識があるようだ。一先ず、ヒロは右手に炎の剣を生み出した。彼はその刀身から炎を飛ばし、鈴菜は無数の星型の光を発射していく。しかしヨハネがハサミを閉じるたびに、彼らの飛び道具は一瞬にして消し飛んでしまう。そればかりか、彼の右手が衝撃波を生み出すたびに、ヒロたちは後方へと吹き飛ばされてしまうのだ。やがて二人の体には、ノイズが走り始めた。今の彼らに、もはや勝機はないだろう。
「魔法石は、ヨハネさんがいただきますヨ」
ヨハネは右手のハサミに魔力を籠め、それを勢いよく閉じた。周囲の瓦礫と共に、ヒロと鈴菜は勢いよく吹き飛ばされる。変身の解けた状態で地面を転がる彼らを前に、ヨハネは笑う。
「また魔法石を持ってヨハネさんに挑みなさい。キミたちを殺すよりも、そうして魔法石を集める方が戦争に有利になるからネ」
彼は二人から魔法石を奪い取り、その場を後にした。