呉越同舟
全身に切り傷を負った逢魔が瞬間移動した先は、ヒロがよく訪れる公園だ。そこにはすでに、日向を敵視している四人のウィザードが集まっている。無論、彼らは逢魔の所業も忘れたわけではない。ヒロたちは一斉に構えを取り、逢魔を睨みつけた。
「なんの用だ?」
ヒロは訊ねた。しかし今回は、どこか逢魔の様子がおかしい。いつもなら余裕に満ちた笑みを浮かべているはずの彼も、この時ばかりは真剣な表情をしていた。彼は肩で呼吸しつつ、先ほどあった出来事を四人に話す。
「マリス団の他の幹部は全員、日向に殺された。俺たちの敵は同じだ」
その体に負っている傷は、逢魔自身の言葉に妙な説得力を持たせていた。鈴菜は怪訝な顔をしつつも、一先ず彼の話を信じることにする。
「確かに、今のアンタをここまで追い詰められる奴は、あの人以外にはいねぇッスね。そして、あの人がマリス団の連中に手をかけたってことは、連中が用済みになったということ……つまりアンタらが叛逆を試みたって話ッスか?」
「呑み込みが早くて助かるよ。俺もアイツらも、好き好んでヴィランに生まれたわけじゃない。俺たちは他人を傷つけないと満たされない命に作られて、反抗したら処分された。俺は日向を、絶対に許さない」
「ウチも、許せねぇッスよ。晴香と話したからわかるんスよ。生まれ方が違えば、アンタだって、普通に生きていけたはずだって……」
そう語った彼女の脳裏に、晴香と過ごしたあの一日が蘇る。その次に彼女が思い出したのは、あの女が彼女を突き飛ばし、一人で死ぬことを選んだ瞬間だ。そしてスワンプマンとして生まれ変わった後の晴香は、海に落ちた鈴菜を救った。数々の経験を経た鈴菜にとって、ヴィランの中に眠る「人間らしさ」を信じることは難しくはなかった。
悲哀を帯びた表情で、逢魔は鈴菜に謝罪する。
「すまなかった……鈴菜」
「良いんスよ。悪いのはアンタじゃない。悪いのは、アンタをそんな風に作った日向じゃねぇッスか」
「そうじゃない。俺は無謀な復讐心に晴香を巻き込んでしまった。だから晴香は死んだ。俺のせいで、仲間が死んだんだ……」
曲がりなりにも、彼には仲間意識があったようだ。深々と頭を下げる彼に対し、鈴菜は少し困ったような表情を浮かべる。
「顔を上げて欲しいッス。逢魔だって、つらいはずじゃねぇッスか」
ヴィランの持ち得る善性を知っている彼女は、逢魔の心にさえ寄り添っていた。逢魔はゆっくりと顔を上げ、それから話の本題に入る。
「ヒロ、鈴菜、紅愛……そして天真。俺一人では、日向を倒すことは出来ない。どうか、俺と手を組んでくれないか? この通りだ!」
そんな要求を口にした彼は、再び頭を下げた。それはヒロたちにとって、そう簡単に飲める話ではないだろう。当然、紅愛と天真には不満がある。
「確かに、オレたちの最大の敵は同じだ。だが、アンタはヴィランで、オレたちはウィザードだろ」
「悪いけど、ボクも同感だね。いつ何をしでかすかわからないような奴は信用できないし、信用できない奴を側に置いておくつもりはないよ」
二人がそう考えたのも当然だ。今まで、逢魔は数多くの被害を生み出してきた身の上である。そんな彼を仲間として迎え入れることは、決して安全の保証されたことではない。
その時だった。
「お願いッスよ! どうか、今だけは、逢魔を信じて欲しいッス!」
逢魔に続き、鈴菜も深々と頭を下げた。ヒロはため息をつき、少しだけ考える。そして彼は、一つだけ取り決めをする。
「逢魔。己の身を守る目的以外での、無意味な殺生はしないと約束できるか?」
「ああ、約束する」
「決まりだな。今日から君は、俺たちの仲間だ。責任は俺が持つ」
こうして、逢魔はヒロたちの仲間に加わった。