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体の限界

 数日後、天真(てんま)は街を駆け巡っていた。彼はすでに変身しており、足を運ぶ先々でヴィランと戦っている。その体には一切の傷がない。彼にとって、もはや凡庸なヴィランは手強い相手ではない。それでも彼の足取りは、酷く不安定であった。

「妙にヴィランが多いな。一体、誰の差し金だ?」

 これまでの間、たった一日の間に大量のヴィランが現れることは無かった。しかし天真は、現にその全身に返り血を浴びている。

「また一人……」

 か細い声を漏らした彼は、後方へと糸を飛ばした。その先に居たヴィランは糸に巻き付かれ、そのまま締め付けられて爆発する。天真は深呼吸し、それから錠剤の入ったシートを取り出した。そして数錠の錠剤を取り出し、彼はそれを飲みこむ。直後、彼は酷く咳き込み、頭を押さえながらよろけた。その肉体は、着実に衰弱し始めている。


 それでもなお、天真は戦うことをやめない。

「そこにいるんだろ? 伊吹(いぶき)

 そう呟いた彼は、建物の隙間に目を遣った。そこから姿を現したのは、彼の予想した通り――伊吹であった。

「ずいぶん体調が悪いようだな。少し休んだらどうだ? 俺様としても、病人と戦うのは退屈なもんだ」

「ご心配どうも。だけどボクには……時間が無い」

「時間が無い……か。何か、持病でもあるのか? まあ、良いだろう。そこまで言うのなら、手加減は無しだ」

 言うまでもなく、このヴィランは強敵だ。そして今、天真の体調が良好ではないことは明らかだ。そんな彼を睨みつつ、伊吹は玄武型のヴィランに変身した。天真は己の周囲に糸を生み出していくが、すでにその体にはノイズが走り始めている。

「せめて、キミ一人だけでも良い。今のボクに出来ることは、それだけだ!」

 強風の吹き抜ける商店街に、彼の声が響き渡った。この時、彼はいつものような余裕に満ちた表情を浮かべていなかった。その瞳に宿っていたのは、何らかの使命感である。彼は必死に魔力を絞り出し、巨大な人形を生み出した。それに応戦するように、伊吹も炎の人形を生み出す。二つの人形が激しくぶつかり合う中、両者は鋭い眼光で睨み合っていた。天真の使役する人形は右手を振り下ろし、伊吹の身を掴もうとした。しかし伊吹の魔術により、糸は瞬時にほどかれてしまう。これは決して、彼の力が以前より強くなったということではない。

「やはり体に無理が祟ったか。その体調で、俺様に勝てると思ったのか?」

「ボクはまだ……戦える……!」

「お前、死ぬぞ? まあ、良いか。その状態で俺様に挑んだということは、お前は死ぬことを望んでいるということだからな」

 そう――体が弱っている天真には、魔力を酷使することが出来ないのだ。伊吹は不敵な笑みを浮かべ、その目を発光させた。天真の体は宙に浮き、それから幾度となくアスファルトに叩きつけられる。更にその周囲には熱が集められ、彼の身は灼熱の炎に包まれていく。もはや彼に、勝機を見いだすことは出来ないだろう。


 ついに、天真の変身は解けた。


 それでも彼は、震える両腕で上体を起こそうとした。彼の瞳は、伊吹を真っすぐと睨みつけている。

「こんなところで、負けるわけにはいかない……」

「しつこい奴だな。そろそろ、終わらせるとしよう」

 半ば呆れていた伊吹は、ついにとどめを刺すことを決めた。彼は上着を開き、内ポケットに仕舞っている無数の剃刀を周囲に浮遊させた。変身の解けた生身の状態でこの攻撃を受ければ、今度こそ天真に命は無いだろう。


――その時、黒い煙がその場を包み込んだ。


「なんだと……!」

 驚いた伊吹は魔術を使い、すぐに煙をどかした。そこにはもう、標的の姿はなかった。

「ちっ……逃がしたか……」

 伊吹は変身を解除し、不服そうな顔でその場を後にした。

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