愛と罰
ヒロの携帯電話が鳴り響いたのは、翌日の昼間のことだった。公園のベンチに腰を降ろしている彼が画面を見ると、そこには「高円寺日向」という名前が映し出されている。スワンプマンの技術の存在が公に晒された直後に、あの男はどんな連絡をよこしてくるのか――ヒロはふと疑問に思った。背筋を這うような悪寒を覚えつつ、彼は電話に出る。
「はい、ヒロです」
「ヒロ……今すぐ職場の屋上に来なさい」
「え、どうしたのですか?」
突然の呼び出しに、ヒロは困惑するばかりだった。この瞬間に通話が切られ、彼は約束の場所に向かうしかなくなった。彼は公園を後にし、すぐに社屋へと向かった。
ヒロが屋上に到着すると、彼の目には不穏な光景が広がっていた。彼の目の前には、結束バンドで手首を背中側に拘束された沙耶が倒れていた。彼女は必死に足掻きつつ、助けを求めるような目をヒロに向けている。その横では、日向が仁王立ちしていた。
「沙耶に何をする気だ!」
元から妙な予感を覚えていたヒロは、即座に変身した。そんな彼に対抗し、日向もウィザードに変身する。
――その次の瞬間だった。
沙耶の首には、いつの間にか何本もの注射器が刺さっていた。同時に、日向はその場から消えていた。社屋の屋上に残されたのは、ヒロと沙耶の二人だけだ。一度に大量のヴィラン細胞を注入された沙耶は、すぐにサソリ型のヴィランに変身した。
「あなたを……殺す!」
その体が作り変えられたのと同時に、彼女は性格も豹変した。それから間髪入れずに、彼女は屋上を紫色の煙に包み込む。
「なんだ……これは……」
煙に覆われたヒロは、突如痙攣し始めた。彼は必死に体を動かそうとするが、手足の震えがそれを阻害する。思い通りに動けない彼の目の前に、サソリ型のヴィランの尻尾が迫ってくる。
「私、ヴィランになった! 全部、あなたのせいよ!」
「くっ……」
ヒロの腹部に、鋭い毒針が容赦なく突き刺さる。彼は咳き込みながら吐血し、己の右手に剣を作り出した。その刀身は、緑色の煙をまとっている。彼は必死に体を動かし、剣の切っ先を己の脇腹に突き刺した。
「一体……何を……?」
沙耶が驚いたのも無理はない。何しろ彼女の目の前では、敵対者が自らの肉体に剣を突き刺しているのだ。それから数瞬の沈黙が生まれた後に、ヒロは勢いよく剣を振り上げた。この一撃により、沙耶の尻尾は一瞬にして切り落とされる。
「やはり、君が操っているものは、サソリ毒だったか」
そんな独り言を呟いたヒロは、巧みな剣術によって沙耶の身を傷つけていった。沙耶は必死に紫色の煙を振りまいていくが、その煙は緑色の煙によって打ち消されていく。
「どうして! 一体、何が起きてるの!」
「トリカブト毒を知っているか? 不思議なことに、その毒はテトロドトキシンやサソリ毒と真逆の性質を持ち、互いの力を打ち消し合うことが出来るんだ」
「そんな……そんなァ!」
魔術に対抗された彼女に出来ることはただ一つ――体術でヒロを圧倒することだ。しかし、彼女が丸腰なのに対し、相手は武器を持っている。ヒロは深いため息をつき、剣の刀身に電流をまとわせた。そして彼は――
「沙耶……本当にすまない。俺は今でも、君を愛している」
――沙耶の身に深い切り傷を刻んだ。彼女は勢いよく爆発し、変身の解けた状態で屋上に崩れ落ちる。薄れゆく意識の中、彼女は最後の言葉を口にする。
「ヒロ。私は今でも、高円寺日向の所業を告発したことを、後悔していないわ。後悔があるとしたら、あなたを傷つけたこと。ようやく、私は罰を受けられたのね……」
そう語った沙耶は、どことなく悲哀に満ちた愛想笑いを浮かべていた。彼女は光の粒子に姿を変え、空の彼方へと消えていった。