音楽家失格
天真は糸を放ち、その先端で眼前のヴィランを捕らえた。しかしヴィランの俊敏な動きにより、糸はすぐに千切れてしまう。
「ボクの糸を切るとは……少々手ごわい戦いになりそうだね」
流石の天真にとっても、これは油断の許されない戦いだ。
「ハハハハ! 私はお前も殺す! 誰も音楽を理解しない世界など、この世に必要ない! 殺して殺して殺し続けた末に、私一人だけが音楽を愛せればそれで良い!」
「キミは、音楽家失格だ」
「何故だ! 私がスワンプマンだからか? 音楽に命を捧げることの、何が間違っているというんだ!」
激昂したヴィランは瞬時に間合いを詰め、眼前の標的を殴り始める。もはや常人の肉眼では、その動きを捕らえることは困難だろう。天真は糸を束ねて防壁を作り、そこから伸ばした糸をキリギリス型のヴィランの身に巻き付けた。
「違うね。キミがスワンプマンだろうと、そうでなかろうと、音楽を愛する資格はある。だけど真の音楽家は、直接的な暴力を振るわないんだ」
「それは一体、どういう意味だ!」
「伝えたいことがあるんだろう? 世界に不満があるんだろう? それを形にするために、人は音楽を奏でる――違うかい?」
そう訊ねた彼は、真剣な眼差しをしていた。ヴィランは更に憤り、糸を振り払いながら彼の背後を取る。それからヴィランは天真を殴り飛ばし、大声を張り上げる。
「だが、誰も私の叫びを聞かない! 誰も耳を傾けない! 私がスワンプマンだから、あの技術に頼ったから、愚民どもは私を色眼鏡で見ているんだ!」
「ボクには、音楽の力がそれを覆せるかがわからない。だけどキミは……音楽家は、音楽の力を信じなければならないだろう」
「黙れ! これはもう、綺麗事や理想論で片付く問題ではないんだ! どんな音色を奏でても、聴衆にそれを理解する脳が無ければなんの意味もない!」
今の彼は乱心している。もはや、彼が「気高い音楽家」に戻る道は閉ざされたようなものだ。彼は百二十八分音符の敷き詰められた小節を飛ばし、天真の身を勢いよく傷つけていった。天真は悲哀と哀れみの籠った目で彼を睨み、震える両脚で体を奮い立たせる。
「美河慶壱。ボクは、キミの音楽を愛していた。だけど、キミは音楽を捨てた。キミ自身が、音楽に秘められた可能性を諦めたんだよ」
「私の意志ではない! 世間が私の道を閉ざしたんだ! 音楽を否定したのは私ではない……私を追い詰めた者たちなんだ!」
「そうかい。どうやらボクは、キミを過信していたようだ。作品を世に出せば、それを批判する者も現れる。それでも音楽家は、世間の声に屈さずに作品を作り続ける。キミもそんな音楽家のうちの一人だと、ボクはそう信じていた!」
天真の両手から、無数の糸が放たれた。
「しまった……!」
ヴィランがそう叫んだ時には、その体は何重もの糸に巻き付かれていた。彼は力を籠め、必死に拘束から脱け出そうとした。しかし彼には、本気の怒りを抱いた天真に敵う術などない。
「キミはアンチに反撃したんじゃない。ファンの気持ちを踏みにじったんだ!」
天真の叫び声と共に、ヴィランに巻き付いた糸は勢いよく圧縮された。ヴィランは勢いよく爆発し、変身の解けた状態で宙を舞う。そして地面に叩きつけられた後、彼は底無しの憎悪を籠めた目で天真を睨みつけた。
「私は、道を踏み外したのではない。道を閉ざされたんだ……」
そんな遺言を残し、慶壱のスワンプマンは消滅した。
「終わったね……」
そう呟いた天真は変身を解き、気を失うようにその場に倒れた。
「天真!」
「どうしたんスか!」
鈴菜と紅愛は、即座に彼の方へと駆け寄った。彼女たちが二人がかりで彼の体を運ぶ最中、ヒロはその場に立ち尽くしていた。
「スワンプマンの技術に罪はない。俺は一体、何に人生を狂わされたんだ……?」
切実な疑問を口にした彼は、虚ろな目で曇り空を見上げた。