コンサート
翌日、繁華街の中心に、キリギリス型のヴィランが現れた。彼の周囲には小節線と音楽記号が飛び交い、それらは逃げ惑う人々を追い回している。そして何重もの和音を為す百二十八分音符を敷き詰められた小節にその身を貫かれた者は、百二十八発もの小さな爆発にその身を呑まれていく。
「音楽は命よりも重い! さあ、私に最高の音楽を奏でさせてくれ!」
そんな叫び声を上げたヴィランは、殺戮と破壊を繰り返していった。その声は慶壱――正確には、そのスワンプマンのものであった。
それから数分もしないうちに、現場には三人のウィザードが現れた。
「まずいぞ、あのヴィラン……錯乱している!」
そう叫んだヒロは、すぐに変身した。
「これ以上、被害を拡大させるわけにはいかねぇッス!」
「ああ、狩るぞ」
彼に続き、鈴菜と紅愛も変身した。
ヒロは剣を振り回し、迫りくる小節を次々と切り落としていった。その傍らで、鈴菜は小節を撃ち落としていく。防戦一方の二人とは対照的に、紅愛は敵からの攻撃をかわしながら光線を乱射していく。火力の高い光線は、ヴィランの急所を執拗に撃ち貫いていく。
「良いぞ。この調子なら、勝てそうだ」
「そうッスね! ウチらが組めば、倒せねぇ相手はいねぇッスよ!」
「さっさとカタをつけるぞ!」
彼らの連携により、眼前のヴィランは着実に弱っている。この戦況を維持すれば、ヒロたちの勝利は確実だろう。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
突如、キリギリス型のヴィランはダ・カーポの記号を生み出し、それを己の右手で握り潰した。その瞬間、彼の身は一瞬にして全快した。そう――音楽の力を司る彼は、数えきれないほどの戦略を有しているのだ。
「こいつ……再生したぞ……!」
目の前で繰り広げられた光景に驚きつつ、ヒロは己の握る剣に電流をまとった。彼がそれを振ると同時に、一筋の電流が走る。ヴィランはこの一撃を受けるが、すぐにまた同じ手段で回復してしまう。鈴菜と紅愛は高火力の光線を放っていったが、彼女たちの与えた傷もすぐに再生する。
「こんな強敵、どうやって倒せば良いんスか!」
「このままでは、マズイな……」
鈴菜と紅愛は、手に汗を握りながら歯を食い縛った。一刻も早く眼前の敵を仕留めなければ、多くの死傷者を出すこととなるだろう。
その上、眼前のヴィランも防戦一方ではない。
彼は己の手元に「possibile」という単語を生み出し、それを握り潰した。直後、彼は稲妻のような速さで動き回り、先ずは紅愛の鳩尾にラッシュを叩き込んだ。
「はっ……速い……!」
紅愛は変身が解け、その場に崩れ落ちた。続いて、鈴菜とヒロも高速で叩きのめされ、変身を解かれながら地に膝を突く。ウィザードたちとヴィランの力量の差は歴然だ。今のヒロたちに、勝機はないだろう。そんな彼らを目の前にして、キリギリス型のヴィランは高らかに笑う。
「ハハハハ! 素晴らしい演奏だ! 最高のコンサートだ! 私の音楽を否定した連中に、生きる資格はない! 誰も彼も、私の音楽の礎となるが良い!」
そう叫んだ彼は、己の周囲に百二十八分音符で敷き詰められた小節をいくつも作り出した。変身の解けた状態でこの攻撃を食らえば、ヒロたちに命はない。
その時だった。
どこからともなく飛んできた糸が、いくつもの小節を一つに束ねた。その塊は、ヴィランの身に容赦なく叩きつけられる。
「っ……!」
何発もの小刻みな爆発に呑まれ、彼は苦痛に顔を歪ませた。彼はすぐにダ・カーポを使い、無傷の状態にまで回復する。この時、ヒロたちは一斉に、建物の陰に目を向けていた。
彼らの視線の先に立っていたのは、両腕を組みながら壁に寄り掛かっている天真だった。
「待たせたね。やはりヒーローというのは、遅れて登場するものだよ」