沙耶との再会
それから閑散とした住宅街を練り歩き、ヒロたちは沙耶の家に赴いた。しかしインターホンを鳴らす前に、ヒロは少し戸惑いを見せる。
「良いんだろうか。俺の顔なんか、沙耶はもう見たくないはずだ。俺のことを忘れて、アイツは博也と幸せに生きていきたいはずだ」
この期に及んでもなお、彼は沙耶の気持ちを汲んでいた。鈴菜は呆れたような表情で彼の前に割り込み、インターホンのボタンを押す。機械音が鳴り響くと同時に、ヒロは酷く動揺した。無論、ここまで来たからには、彼も引き下がるわけにはいかない。
「はい、神崎です。あ、あれ……あなたは……」
インターホン越しに、沙耶の取り乱す声がした。ヒロは深呼吸し、それから用件を伝える。
「少しだけ、時間をもらえないか? 俺の誕生に携わった人間について何を知っているか、それを教えて欲しい」
少なくとも、彼には真実を知る権利があるだろう。
「ええ、わかったわ」
意外にも、沙耶は素直に話に応じた。それから数秒後、家の内側から玄関のドアが開かれる。彼女は息を呑みつつ、ヒロたちを招き入れた。
沙耶は三人を食卓に並ばせ、コーヒーを淹れた。そしてコーヒーを食卓に並べ、彼女は着席する。
「さあ、あなたたちも座ってください」
彼女に言われるまま、ヒロたちは空席に腰を降ろした。いよいよ、ヒロの出生の秘密が明かされる時だ。
「博也のスワンプマンを生み出したのは、私の古くからの知り合い――高円寺日向よ」
その言葉に、ウィザードたちは耳を疑った。
「え、社長が……?」
たった今明かされた情報を呑み込めず、ヒロは日向の言葉の数々を思い出す。
「君には死を選ぶ自由もある。だがその前に、私に与えられた生にしがみついてみるのも一つの手だろう」
「ヒロ……君がウィザードで、本当に良かったと思う。私は君を誇りに思っているよ」
「君は私にとって、大切な社員の一人だ」
――もし沙耶の話が本当であれば、あの男の優しい言葉は全て欺瞞だったということになる。絶望に打ちひしがれるヒロに対し、沙耶は一つ要求する。
「このことは、世間に公表しないで欲しい。もしスワンプマンの技術が知れ渡ったら、あの人は私を消すと思うから」
その要求は、言うまでもなく身勝手なものだった。しかしヒロは、その要求を呑もうとする。
「ああ、わかったよ……沙耶。俺は君の幸せを……」
そう彼が言いかけた時だった。
紅愛は即座に立ち上がり、沙耶の頬を引っ叩いた。
唖然とする沙耶の胸倉を掴み、紅愛は怒号を上げる。
「アンタの身勝手な都合でヒロを生み出して、要らなくなったら捨て去って、挙句の果てになんの尻拭いもせずに済むと思ってんのか? ふざけんじゃねぇ!」
そんな彼女に続き、鈴菜も言う。
「ヒロさんは、十分頑張ったッス。愛する人を守ろうという漢気は買うけど、それ以前に自分自身のことも大切にして欲しいッス」
二人はヒロのことを心から想っている様子だ。それでもヒロは、沙耶を危険に巻き込むことに消極的である。
「紅愛、鈴菜。これは、俺と沙耶の問題なんだ。君たちは気にしなくて良い」
その一言により、鈴菜たちは黙り込んだ。紅愛が沙耶を降ろすのを確認し、ヒロはこう続ける。
「沙耶。俺は君に、自らの命を売って欲しくはない。君がどんな気持ちだろうと、俺は君を愛している」
あの仕打ちを受けてもなお、彼は本心から沙耶のことを想っていた。沙耶はその場に崩れ落ち、大粒の涙を流す。
「ごめんなさい。ごめんなさい! あなたは、幸せになるべきだった。なのに、私は……私は……」
「沙耶、もう良い。もう、良いんだ」
「私は、あなたを傷つけてしまった。公表するわ……スワンプマンの技術と、日向さんのことについて!」
彼女はついに、己の罪を少しでも償おうと決意した。