快晴の空
数日後、ヒロは寂れた公園で缶コーヒーを飲んでいた。つい昨日の鈴菜たちの言葉を噛みしめ、彼は満たされた表情をしていた。
「俺は、もう独りじゃないんだな」
そんな独り言を呟いた彼は、空を仰いだ。全てを失ったあの日は、雨が降っていた。そんな彼に訪れた変化を象徴するように、今の空は雲一つない快晴だ。無論、ヒロは全ての問題を片付けたわけではない。
彼の目の前に、逢魔が瞬間移動してきた。
「よぉ、ヒロ。ずいぶんと機嫌が良さそうだな。今日は天気も良いし、俺がお前を鍛えてやるよ」
確かに、今のヒロが再びマリス団と戦うには、ウィザードレベルを高めておく必要がある。しかしそれ以前に、彼には逢魔に伝えなければならないことがある。
「逢魔。大事な話がある」
そう切り出したヒロは、深刻な表情をしていた。逢魔は怪訝な顔をしたが、一先ず話を聞いてみることにする。
「なんだよ、急に」
「君は、自分が今生きている理由を知っているか?」
「さあな。だが、俺たちのマスターには、計り知れない力がある。俺たちを蘇らせるくらいのことは、あの人からすれば造作もないことなんだろうよ」
やはり彼は、スワンプマンの技術について何も知らない様子だった。ヒロは少しばかり躊躇ったが、もう後には引けない。彼は周囲を見渡し、この場に他の誰もいないことを確認した。それから彼は、恐る恐る口を開く。
「世間に知られていない――極秘の技術がある。人間の記憶のバックアップを取り、それを他者に移植する技術……そして、人間を身体年齢ごと複製する技術だ。この技術によって生まれた人間は、スワンプマンと呼ばれている」
「おいおい……俺を騙そうってのか? 第一、お前はどうやってその極秘情報とやらを知ったんだよ」
「俺は、俺のオリジナルが植物状態になった時に生み出されたスワンプマンだ。だがオリジナルが意識を取り戻した時、俺は妻に捨てられた。その時に、この技術の話を知ったんだよ」
その話を信じるのは、逢魔にとって難しいことだった。そればかりか、彼からすれば、与えられた情報を咀嚼することさえ困難だった。
「くっだねぇ嘘だな。興醒めだ。俺は帰る」
「待て、逢魔。君たちに『学習していないはずの戦闘のノウハウ』が備わっていたことも、君が何らかの記憶を移植されたスワンプマンであることの証拠だ」
「黙れ。俺は、俺の存在は……模造品なんかじゃない!」
案の定、逢魔は酷く取り乱した。彼は瞬間移動によりどこかへ去り、その場にはヒロだけが残された。彼はすぐに携帯電話を取り出し、トークアプリを起動する。そこには、鈴菜や紅愛の参加しているトークグループが映し出されている。さっそく彼はグループ通話を掛け、二人を呼び出した。
「おっす! ヒロさん、急にどうしたんスか?」
「何か、連絡事項でもあるんだろう」
鈴菜たちはすぐに通話に参加した。ヒロは頭の中で言葉をまとめ、簡潔に話を切り出す。
「先ほど、逢魔と会った。スワンプマンの技術について説明したが、アイツは俺の話を信じなかった。何か、打つ手はないものか……」
このままでは、マリス団との戦いが終わることはないだろう。携帯電話越しに、鈴菜からの提案が聞こえてくる。
「だったら、スワンプマンを生み出した張本人を突き詰めれば良いんスよ! ヒロさんを捨てたあの女は、そいつと知り合いだったんスよね? だったら、知ってることを洗いざらい吐いてもらうしかねぇッスよ!」
元より、その女はヒロに対し、重い責任を背負っているはずだ。ここで彼女を利用しない手はないだろう。
「ああ、行こう」
仲間からの提案を採用し、ヒロは言った。今の彼は、もう独りではない。
「決まりだな。オレたちも行くぞ、ヒロ」
電話越しに聞こえた紅愛の声は、実に頼もしいものだった。