ヴィランの掟
翌日、マリス団の四人はいつもの廃墟の倉庫に集まっていた。大きなテーブルを囲って席に着き、彼らは真剣に話し合っている。とりわけ、逢魔は珍しく憤っている様子だ。
「晴香。昨日は、ウィザードと仲良くしていたみたいだけど、流石にそういうのはやめてもらえないかな?」
ヴィランである幹部たちは、ウィザードと敵対する運命にある。そしてヴィランとしての本能に抗えない以上、晴香もまたその例外ではない。
「……ごめんなさい。ワタシはただ、友達がいれば、より一層面白おかしく生きていけると思ったの」
今の彼女には、謝ることしか出来なかった。逢魔は頬杖をつき、深いため息をつく。それから数秒の静寂が生まれ、室内は重苦しい空気に包まれた。晴香がどこか哀愁の漂う眼差しで宙を見つめる傍らで、伊吹が沈黙を破る。
「俺様は良いと思うぞ」
何やら彼は、晴香の行動に肯定的なようだ。
「伊吹……?」
しかし伊吹の言動は、いつもと変わりはしない。
「一度相手に好かれて、信用されて、やがては向こうから距離を縮められるようになる。その全てが、たった一度の裏切りで全て壊されてしまうんだ。数多の試練と日々戦っている推しが、敵に心を開いたことで情緒をかき乱され、それが命取りとなる――最高だとは思わないか? 敵対していた相手と分かり合えるという幻想を抱き、希望をじわじわと餌付けされ、最後には命を奪われる――完璧だとは思わないか? 人が転落していくには、人を一度、高いところまで連れ去る必要がある。そうだろう?」
そんな持論を熱弁した彼は、光を宿した目をしていた。紅愛のことを考えているのか、彼はどこか恍惚とした笑みを浮かべていた。やはり伊吹は伊吹だったのだ。晴香は渇いた愛想笑いを浮かべ、呟く。
「はは……アナタに期待したワタシが愚かだったわ」
少なくとも、彼女が伊吹から期待できるようなことは何もないだろう。逢魔もまた、伊吹節に呆れ果てるばかりであった。
逢魔は咳払いをした。晴香と伊吹の視線は、彼の方に向けられる。注目を集めた逢魔は、話を戻そうと試みる。
「それで……だ。晴香、お前と鈴菜の関係がマリス団の活動に弊害をもたらしたら、その時はどう落とし前をつけてくれるんだ?」
その質問は、今の晴香にはあまりにも酷なものであった。ここまで追い詰められた以上、彼女は決断するしかない。
「もしそれで何かあれば、その時は、ワタシがマリス団の幹部を辞退するわ」
それが彼女の覚悟であった。
「約束だぞ、晴香」
その一言で、逢魔は彼女に釘を刺した。
少なくともここまでは、会議が比較的順調に進行していると言えるだろう。しかしマリス団には、その流れを容易にかき乱してしまう者もいる。突如、その人物はテーブルを叩き、その場に立ち上がった。
「さっきからギャーギャー喧しいな! それより、アタイはいつになったら暴れられんだよ!」
――千郷だ。彼女は息を荒げ、その攻撃性を露わにしている。
「あーあ、始まっちゃった」
もはや日常茶飯事と化した光景を前に、逢魔は苦笑いを浮かべた。一方で、晴香と伊吹は彼女を止めようとしている。
「もう少し、待ってもらえないかしら。今我々が直接動くのは、得策ではないわ」
「晴香の言う通りだ。物事には、準備というものが……」
これでも、二人は必死に言葉を選んでいた。幹部たちにとって、千郷の神経を逆撫ですることは好ましくない。されど、彼女がすでに我慢の限界を迎えつつあることも事実だ。
「うるせぇなぁ! とにかく、アタイは暴れてくるからな!」
そう叫んだ千郷は爆弾を生成し、その場を煙に包んだ。
「……!」
突然の出来事に、逢魔たちは目を疑った。そして、やがて煙が収まった時、そこにはもう彼女の姿はなかった。