禁断の絆
その日の晩、鈴菜たちは梓の眠る墓地を通りかかった。彼女はその場に立ち止まり、俯いている。
「どうしたの? 鈴菜」
そう訊ねつつ、晴香は鈴菜の顔を覗き込んだ。鈴菜の頬には、一筋の涙が伝っていた。それから鈴菜はしゃがみこみ、大粒の涙を零した。その横にしゃがみ、晴香は彼女の背中をさする。
「す、鈴菜? 本当に、大丈夫なの?」
その眼差しは、もはやヴィランのそれではない。晴香は今、心から鈴菜を心配していた。感極まった鈴菜は、晴香に抱き着いた。彼女の震える両腕に包まれ、晴香は唖然としている。それから数瞬の沈黙を挟んだ後に、晴香は恐る恐る問う。
「無理に連れ回してごめんなさい。ヴィランと遊んでも、楽しくなかったわよね?」
無論、それは大きな誤解である。鈴菜は辺りに慟哭を響かせつつ、声を張り上げる。
「違うッス!」
「え……?」
「今日一日、ずっと楽しかったッス! だからつらいんスよ!」
傍からすれば、それは支離滅裂な主張にしか聞こえないだろう。
「どうして、つらいの?」
晴香は怪訝な顔をしつつも、彼女の背中を撫で続けた。そんな中、鈴菜は更に呼吸を荒げ、己の心情を言葉にしていく。
「ウチには親友がいたんスよ。一緒に色んなところに出掛けて、プリ画も撮って、美味しいものも食べて、歌だってたくさん歌ったッス! でも、その親友はヴィランになっちゃったから、ウチが殺すしかなくて……」
「そう。思い出してしまったのね」
「それだけじゃねぇッスよ! ウチはウィザードで、アンタはヴィランじゃねぇッスか! ウチはまた、同じことを繰り返さねぇといけねぇんスか? そんなの、あんまりじゃねぇッスか!」
そう――ウィザードの使命は、ヴィランを殺すことだ。今日一日の間に親睦を深めた彼女たちも、いずれは殺し合う運命にある。その意味をようやく理解し、晴香の表情も曇り始めた。それでも彼女は、鈴菜と築いたものを諦めようとはしない。
「だったら、鈴菜もヴィランにならないかしら? ヴィランは自由よ。好きなものを手に入れて、嫌いなものを壊せるの。ワタシたちマリス団の目的は、面白おかしく生きることだもの。だからアナタも、マリス団に来ないかしら?」
無論、鈴菜がその提案を呑むことはない。
「ウチは、ヴィランになった親友を殺すためにウィザードになったんスよ。今更ウチがヴィランなんかになったら、それこそ裏切りじゃねぇッスか」
「……アナタの親友は、幸せ者ね。アナタにそんな風に思ってもらえるなんて……」
「それでも! ウチはアンタも殺したくねぇッス! だけどウチがウィザードでアンタがヴィランである以上、ウチは……ウチは……!」
数多の感情が押し寄せる中、彼女はその荒波に苛まれている。その痛みに伝播するように、晴香の目からも涙が零れていた。しかし二人がいくら絆を深めても、ウィザードとヴィランの宿命には抗えない。
「鈴菜……」
この時、晴香は必死に言葉を紡ごうとしていた。それでも彼女の脳には、救いになる言葉を練り上げることが出来なかった。そこで鈴菜は、僅かな希望にすがってみる。
「晴香。ヴィランとして生きること、やめられねぇッスか? これからは、力を持っただけの一般人として生きていけねぇんスか?」
「無理よ。ワタシは悪事を働く――そういう遺伝子を持った生き物だから。それが、ヴィランであるということなのよ」
「そッスか……やっぱり、ウチはいずれ……アンタを殺すしかねぇんスね」
やはり、彼女の考えは無意味だったようだ。両者の間には、どこか胸糞の悪い空気が漂っていた。晴香はハンカチで涙を拭い、か細い声で呟く。
「鈴菜……ごめんなさい。アナタを苦しめて、本当に……ごめんなさい」
それから彼女は鈴菜に背を向け、その場から走り去っていった。