デュエット
ある日、学校帰りの鈴菜は、広いショッピングモールにある本屋にいた。様々な本を手に取り、彼女は表紙や帯から興味をそそられるものを探している。ウィザードと学生を兼任している彼女にとって、こういった自由な時間は貴重なものだろう。しかし鈴菜は、どこか満たされない様子だ。彼女の脳裏に浮かぶのは、梓の声と顔である。
「これで、良かったんだよ。アタシ、鈴菜を怨んでないよ。これからも、アタシたち、ずっと……親友だから……」
今はもう、鈴菜の隣に梓はいない。鈴菜は深いため息をつき、数冊の本をレジに持っていった。それから会計を済ませた彼女は、本屋を後にする。彼女が化粧室の近くまで向かうと、そこには休憩用の長椅子が置かれている。
「さて……と」
長椅子に腰を降ろし、鈴菜はブックカバーのかかった本を読み始めた。そんな彼女を見つけ、声をかけてくる者がいる。
「ごきげんよう、鈴菜」
その声に耳を疑い、鈴菜はすぐに顔を上げた。そこに立っていたのは、マリス団の幹部――晴香であった。
「なっ……なんの用ッスか!」
鈴菜はすぐに身構えた。しかし今回、晴香に敵意はなさそうだ。彼女は鈴菜に丸眼鏡をかけ、穏やかな微笑みを浮かべる。
「やはり眼鏡があれば完璧ね。ワタシの見込んだ通りだわ」
「あ、ありがとッス。それで、アンタの目的は?」
「鈴菜。ワタシたちにも、心を休める時間が必要じゃない? これから、一緒に遊ぶわよ」
それはあまりにも突拍子のない提案であったが、晴香は本気だ。これには、鈴菜も困惑するばかりである。
「え、何を言ってるんスか?」
「さ、行くわよ」
晴香は鈴菜を連れ、先ずはショッピングモールを巡った。
「これなんか、似合うと思うわ」
服屋に入るや否や、彼女は鈴菜に様々な衣装を着せた。
「ほら、ワタシたちの指先を繋げてハートを作るわよ」
ゲームセンターに入るや否や、彼女は鈴菜とプリントシール機で写真を撮った。
「次はホラー映画でも見ようかしら」
「そっ……それは勘弁して欲しいッス」
「あら、そうなの?」
……映画館の前を横切っても、二人は映画を見なかった。しかし鈴菜は映画館に立ち寄り、様々な映画のパンフレットを漁り始めた。
「何をしているの? 鈴菜」
「面白そうな映画がねぇかチェックしてるんスよ。お、奥村監督の映画がまたやるみてぇッスね」
「なるほど、こういうのも良いものね」
鈴菜に続き、晴香もパンフレットを漁り始めた。
普通にショッピングモールを満喫している晴香の姿は、鈴菜の目には新鮮に映った。
「こういうこと、好きなんスか?」
鈴菜は訊ねた。晴香は少し考え、それから答える。
「一人でするのは、嫌いよ。でも、アナタと一緒なら好きだと思うわ」
今日の彼女は、鈴菜に対して妙に友好的である。
続いて、ショッピングモールを後にした二人は、繁華街を歩くことにした。二人は小さな屋台を見つけ、チーズハットグを買った。鈴菜がチーズハットグに砂糖をまぶし、ハニーマスタードとケチャップをかけていく横で、不慣れな晴香はそれをぎこちない手つきで真似ていく。そんな晴香の姿を前に、鈴菜は優しい微笑みを浮かべていた。
「さあ、食べてみるッス」
「……あら、意外と美味しいのね」
「そうッスよ。チーズハットグは、どこで食ってもうめぇッス!」
それから二人は軽い食事を終え、今度はカラオケボックスに立ち寄る。受付で伝票を受け取った二人は各々の飲み物をコップに入れ、伝票に書かれた通りの番号の部屋へと向かった。
電子目次体を見つめて頭を悩ませている鈴菜に対し、晴香は提案する。
「一緒に歌いたいわ。デュエット曲にしない?」
「おっす! それも良いっすね!」
こうして二人は、数時間ほどデュエット曲を歌い続けた。