表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/116

闇金融

 数時間後、借金取りの男たちは路地裏で煙草を吸っていた。金の回収が上手くいかず、彼らは酷く苛立っている様子だ。

「確かに、あの娘に法的な返済義務はない。そして義務感を煽ろうにも、あの娘の気が強すぎる。あのクソアマ……」

「なかなかの上玉だったし、上手く追い込めば風呂屋に飛ばせそうだったんだがな……役に立たねぇ女だ!」

 二人の怒りは、すでに紅愛(くれあ)にも向けられていた。もはや伊呂波(いろは)の抱える借金は、紅愛にとっても他人事ではないようだ。


 そこに一人の男が姿を現した。

「金の取り立てが出来なくて困ってるのか?」

――伊吹(いぶき)だ。何かを企んでいるのか、彼は借金取りたちに興味を示している。

「ああ、そうだ。だがアンタには関係のねぇことだ。汚れた金に手を染めていねぇうちは、ワシらの業界に関わらねぇ方が良い」

「そうだぞ。若ぇ兄ちゃんが、俺らに関わっちゃいけねぇよ」

 借金取りは口を揃えてそう答えた。彼らはまだ、伊吹がヴィランであることを知らない。傍から見た伊吹は、完全にただの若者だ。


 そこで伊吹は、突拍子もないことを口走る。

「俺様があの債務者を殺してやるよ。そうすれば、その娘が借金を相続することになる」

 その言葉に、男たちは耳を疑った。

「アンタが人を殺す……? ワシらのためにか?」

「確かに、債務者が死んだ後、その子供は借金を相続することになる。法的にはそれで間違いねぇが……アンタ、正気か?」

 彼らが驚くのも無理はない。しかし、自ら手を汚すことなく局面を有利に進めることは、彼らからしたら願ってもないことだ。

「俺様を信じろ」

 そう言い残した伊吹は、路地裏を後にした。



 *



 その日の夜、伊呂波はとあるビルのエレベーターから姿を現した。彼女は大金を抱えており、その背後の看板には「4F しあわせファイナンス」と書かれていた。何やら彼女は、この金融会社から金を借りたらしい。そんな彼女をエントランスで待ち受けていたのは、伊吹である。

「借金の返済のために金を借りたのか、それともホストに貢ぐために金を借りたのか……いずれにせよ、このままじゃ借金が雪だるま式に増えそうなものだな」

「あなた、一体……誰なの?」

「俺様は伊吹――ヴィランだよ」

 自己紹介を終えた彼は、悪意に満ちた微笑みを浮かべていた。彼は注射器を取り出し、彼女の首筋に注射針を突き刺した。

「うぅ……ぐぁ……」

 体内にヴィラン細胞を注入され、伊呂波は苦しみ始めた。それから彼女は気を失い、その場に倒れる。その様子を目の前にして、伊吹は独り言を呟く。

「これで推しが不幸になるようセッティングできた。そうだな……どうせなら、紅愛本人が直々に実母を殺すシナリオの方が面白いだろう。妹の生活を必死に支えている紅愛が、実母に人生を狂わせ、その決着をつけることで借金を相続する。完璧だ。なんて美しい悲劇なんだ。これこそまさに、俺様が望んでいた『推しの苦しむ姿』じゃないか」

 話す相手がいない時でもなお、彼は冗長な発言をするようだ。否、それを止める者がいない以上、かえって彼は多くを語るのだ。

「さっそく明日、紅愛に会いに行こう。ああ、愛しい。妹想いの推しが、強く生きてきた推しが、これから悲劇を背負う推しが、全て愛しい。だが俺様の感情は、誰に理解されなくても良い。紅愛を愛しているのは、俺様一人だけで良いんだ。俺様は、俺様を好きにならない紅愛が好きなんだ。さあ、俺様に最高のエンタメを供給してくれ……紅愛」

 伊吹は恍惚とした笑みを浮かべ、それから一枚の写真に口づけをした。その写真に写っている者は、もちろん紅愛である。彼はビルから立ち去り、夜の街を突き進む。その足取りは妙に軽く、彼が胸を弾ませていることは火を見るよりも明らかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ