差し伸べられた手
「ヒャハハ! さあ、楽しいゲームの始まりだ!」
そう言い放った逢魔は、瞬間移動によってその場から消えた。今この場に残されているのは、四人のウィザードと一人のヴィランだ。象型のヴィランの目が発光するや否や、遊園地の地形は乱雑に変形し始めた。ヒロは足下の地面を割られ、その隙間に落ちていく。
「まずい……!」
彼の魔術では、この状況を脱することが出来ない。そんな彼に救いの手を差し伸べたのは、意外な人物であった。
彼の手首に、一本の糸が巻き付いた。
その糸は、彼を地割れの隙間から引っ張り上げた。
「天真……?」
思わぬ事態に、ヒロは驚かされた。地上にて糸から解放された彼に、天真は言う。
「キミを助けるのは不本意だけど、今はそんな事態でもないからね」
必要とあれば、この男にも周りと協力する意志はあるようだ。ヒロは安堵の笑みを浮かべ、彼に礼を言う。
「ありがとう、天真」
「ボクの足、引っ張ってくれるなよ?」
「ふっ……生意気なのは相変わらずか」
一先ず、今は眼前のヴィランを倒さなければならない。しかし遊園地の地面は、徐々に崩れ始めている。そこで天真は糸を操り、地面を繋ぎ始めた。
「足場はボクが確保するよ。キミたちは、攻撃に集中してね」
普段は敵対している彼も、こうなると頼もしい男である。ヒロ、鈴菜、紅愛の三人は互いを見つめ合い、それから深く頷いた。
「これで幾分か、戦いやすくなったな」
さっそく、ヒロは炎の剣を構え、前方へと駆け出した。その剣を勢いよく振り、彼は象型のヴィランに斬りかかる。
「へっ……させるかよ!」
ヴィランは地面を変形させ、目の前に防壁を生み出した。防壁は斬撃を受け止めるや否や、その表面から突起を生やし、それをヒロの鳩尾に突き刺した。この一撃により、ヒロは吐血した。それから間髪入れずに、今度は星型の光が防壁へと降り注ぐ。防壁は依然としてその形を保っており、今もなお象型のヴィランの身を守っている。しかしその表面には、すでに亀裂が生まれていた。
「今ッスよ! 紅愛さん!」
鈴菜の合図に伴い、今度は紅愛が光線銃のトリガーを引く。光線は亀裂を的確に撃ち貫き、防壁を粉砕した。
「やれ! ヒロ!」
今後は、紅愛が合図をした。ヒロは灼熱の炎を帯びた剣を振り上げ、その場から高く跳躍する。
「ありがとう、皆!」
そう叫んだ彼の斬撃を受け、ヴィランは数秒ほどうなり声をあげる。
「うぅ……そんな、馬鹿な……」
それから彼は、その場で勢いよく爆発した。
四人のウィザードは、すぐに変身を解除した。爆炎から姿を現した男が消えていくのを横目に、天真は酷く咳き込んでいる。
「げほっ……ごほっ……今回は、手を引いておくことにするよ」
そう言い残した彼は、おぼつかない足取りでその場を後にした。
*
その頃、とある路地裏では、四十代後半の女が暴行を受けていた。彼女に手を上げているのは、二人組の男だ。
「ワシらの言ったこと、わかってるよな? アンタが何に金を費やしているかは知らねぇがな、これもワシらの仕事なんだわ!」
「何度も手間取らせやがって! 早く金を返せってんだよ!」
一発、また一発と、男たちは目の前の女に蹴りを入れていく。女はその場にうずくまり、狂ったように泣き叫ぶ。
「必ず返します! 娘が払いますから!」
何やら、彼女本人には債務を果たすことが出来ないようだ。一方で、男たちも金さえ回収できれば問題はないらしい。
「娘の名前はなんだ?」
「紅愛です! 佐渡紅愛! あの子ならきっと、払ってくれるはずです!」
どうやらこの女は、紅愛の母親だったようだ。
「娘は何歳だ? 年齢によっては、風呂屋で稼ぐことも出来そうだな」
そう呟いた男は、悪意に満ちた微笑みを浮かべていた。一方で、紅愛の母は引きつったような笑みを浮かべている。