変装
ヒロはワックスを使い、髪をオールバックに固めた。彼は黒いスーツとサングラスを着用しており、その身なりからはどことなく怪しさがにじみ出ている。一方、鈴菜はスプレーで髪を金色に染め、黒いマスクとヒョウ柄のジャケットを身に着けていた。残る一人は、紅愛である。女性用のロッカー室の前で、ヒロたちは彼女を待った。そして扉から姿を現したのは、茶色いポニーテールとフリル付きのワンピースが似合う麗人だった。
「おい……なんでオレがこんな格好をさせられてるんだ?」
――紅愛だ。ヒロと鈴菜は目を合わせ、それからもう一度扉の方へと目を遣る。眼前の美女はいかにも女性的な服に身を包んでいるが、その不服そうな表情は紛れもなく紅愛のものであった。変装することを提案したのは彼女自身だが、その衣装を選んだのは本人ではないらしい。
「紅愛さん、美人じゃねぇッスか! ウチの見込んだ通りッスよ!」
思わず、鈴菜は本心からの感想を口にした。一方で、依然として平常心を保っているヒロは、一つ余計なことを言う。
「表情が硬いぞ。怪しまれたらどうするんだ?」
幸い、彼の生真面目な性格は、彼自身の今の服装によく似合っていた。しかし紅愛だけは、妙な違和感を醸し出している。その顔立ちは整っているが、やはり不本意に服を着飾る者もそうそういないだろう。
「わかったよ……やってやるよ」
紅愛は深呼吸し、なんとか平常心を取り戻した。それだけでは、ヒロは納得がいかない様子だ。
「変装中は、女らしく喋った方が良い」
「え、ええ……わ、わかり……ましたわ」
そう答えた紅愛は、妙にぎこちなかった。
こうして変装を終えた三人は、ドリームランドに赴いた。物陰で息を潜める彼らの目に飛び込んできたのは、ドーナツを頬張る天真の姿だった。その瞬間、ヒロは逢魔の目論見を察する。
「おい。逢魔の狙いって、俺たちと天真を戦わせることじゃないのか? 案外、ヴィランを撒くこと自体が嘘かも知れないぞ」
自分たちの存在を天真に悟られぬよう、ヒロは小声で呟いた。確かに、このまま逢魔がヴィランを放たない可能性は大いにあるだろう。されど、彼が行動を起こす可能性もゼロではない。ヒロに対し、鈴菜と紅愛はこの場に留まることを促す。
「それはまだわからねぇッスよ。少なくとも、今日一日は様子を見るべきッス」
「そうよ。私たちは変装しているんだもの。きっと大丈夫よ」
「フフッ……紅愛さんのその喋り方、なかなか慣れねぇッスね」
「う、うるさいな。アンタこそ、喋り方を普段と変えた方が良いだろ……」
「おっす……じゃなくて、そうだね」
このままでは先が思いやられるだろう。ヒロは頭を抱え、深いため息をついた。
その直後のことである。
「ウィザードの魔力を感じるね。これが逢魔の策略かぁ……乗ってあげても良いか」
突如、天真は独り言を呟いた。それから彼は変身し、ヒロたちの方へと駆け寄った。このままでは、三人は天真と戦うことになる。
そこでヒロは、別人を装い始めた。
「おや、どうしましたか? 私たちに、何かご用でも?」
そう訊ねた彼の声色は、普段より遥かに低い声だった。彼に続き、鈴菜は低い声、紅愛は高い声で話す。
「私たち、観光客なんです。この辺のことは、よく知らないんです」
「それでも良ければ、力になれるかはわかりませんが……何かお手伝いしましょうか?」
三人はあくまでも、演技を続けるつもりだ。そんな彼らに対し、天真は言う。
「やあ、ヒロ。鈴菜。紅愛。変装しているところ悪いけど、ボクはキミたちの魔力をちゃんと感じ取れるよ」
……どうやら、三人が変装していたことは完全に無意味だったようだ。
「穏便に済ましたかったが、止むを得ないな」
「変身!」
「変身!」
ヒロたちは変身し、すぐに身構えた。