罠
翌朝、天真は自宅にて、トーストを焼いていた。冷蔵庫からマーガリンを、食器棚からバターナイフと皿を取り出し、彼はトーストが焼き上がるのを待っている。やがてトースターが音を立て、彼の朝食に火が通ったことを告げた。天真はトーストを皿に乗せ、その表面にマーガリンを塗り始める。
そんな時だった。
「よぉ、天真」
背後から、逢魔が現れた。天真は呆れたようなため息をつき、後方へと振り返る。
「せめてインターホンくらい使ってくれないか? キミはドアの開け方も知らないのかい?」
「俺は瞬間移動が使えるんだ。わざわざインターホンを鳴らしたら、二度手間じゃないか」
「……まあ良いか。それで? 用件は?」
今この場所に逢魔が来たということは、何かただならぬ事態が待ち受けているということだ。天真は平静を装いつつも、眼前のヴィランを警戒していた。
逢魔は話を切り出す。
「ドリームランドって遊園地、知ってるか?」
「ああ、知ってるさ。その遊園地がどうかしたのかい?」
「今日はせっかくの日曜日だ。あの場所に、ヴィランを撒いておこうと思ってね」
休日の遊園地にヴィランが現れるというのは、穏やかな話ではない。
「逢魔……!」
思わず、天真は彼を殴ろうとした。しかし逢魔は瞬間移動により、いつものようにその一撃をかわす。
「じゃあ、正午までにはドリームランドに行くように」
そう告げた彼は、天真の前から消えた。天真は朝食を済ませ、急ぎで食器を洗う。
「待ち伏せしておくか。ヴィランを増やされる前に……」
善は急げとはよく言ったものだ。天真は普段着に着換え、魔法石を持って自宅を飛び出した。
一方、逢魔はテクノマギア社の社屋に顔を出していた。ヒロと鈴菜が黙々と彼を睨みつける横で、紅愛は腕を組んで立っている。当然のことだが、逢魔は歓迎されていないようだ。
「ヴィランが一体、なんの用だ?」
紅愛は訊ねた。無論、逢魔には用事がある。彼がこの場に現れたことが、何よりの証拠である。
「正午までに、俺はドリームランドにヴィランを撒く。俺を止めたければ、先に行って待ち伏せでもすることだな」
そう――彼はヒロたちと天真の双方に犯行予告をすることにより、両者を鉢合わせさせようと目論んでいたのだ。用件を伝え終わった逢魔は、瞬間移動によってその場を去った。社屋に残されたヒロたちは、怪訝な顔をするばかりだ。
「……何かの罠か?」
ヒロはマリス団の思惑を知らないが、怪しい話を疑うだけの賢明さを有しているようだ。彼に続き、鈴菜も己の考えを口にする。
「罠だったとして、出動しなかったらそれはそれでまずいッスよね……」
その言い分はもっともだ。この先、三人の身に何が待ち受けていようと、彼らは戦わなければならない。紅愛は眉間に皺を寄せ、少しだけ思考を巡らせた。そして彼女は、結論を出す。
「鈴菜の言う通りだが、易々と罠にはまるのも得策じゃねぇな。オレたちはドリームランドに向かうべきだが、身を潜める必要がある」
確かにこれが罠であれば、堂々と敵の視界に映るわけにはいかないだろう。
「何か考えはあるんスか?」
鈴菜は訊ねた。その質問に対し、紅愛が用意した答えはただ一つである。
「……変装するぞ」
「え?」
「変装するって言ったんだ」
その無謀な考えに、ヒロと鈴菜は頭を抱えた。それでも彼らには、他の有効打を提示することが出来なかった。ヒロは引きつった微笑みを浮かべ、紅愛の提案に乗る。
「するしかないな……変装を」
一見馬鹿げた考えではあるものの、今の彼らに出来ることはそれだけだ。
ヒロと紅愛は鈴菜を連れ、繁華街へと赴いた。
「さあ買いに行くぞ。衣装、ウィッグ、そして化粧品を」
「ヒロさん! 正気ッスか?」
「ああ」
兎にも角にも、彼らは変装することとなった。