力を得た弱者
案の定、ヒロはあの翌日に思い悩んでいた。彼は公園のベンチに腰掛け、虚空を見つめながら感傷に耽っている。彼の脳裏を過るのは、正木の発言の数々だ。
「普通に生きている普通の人間が、普通に手にしている全て――それがおれの望むものだ。この世には『何をもって普通とみなされるのか』などと言葉の揚げ足を取る者もいるが、現実問題として『普通』という概念は存在するんだ」
「そうだ。おれは、死にたかったんだ。おれを助けた手で、あんたがおれを殺すんだ。はは……あははは! 本当の勝者は、どっちだろうな」
そんな言葉を脳内で反芻させ、ヒロは深いため息をつく。ウィザードとしての使命を全うしていく中で、彼が直面する壁は数えきれないだろう。
そんな時、彼の目の前に、一人の少年が現れた。
「ずいぶん悩んでいるようだな……ヒロ」
逢魔の登場だ。ヒロは彼を睨みつけ、怒りの籠った言葉を口にする。
「君が、あの男をヴィランにしたんだろう? 真白も、あの男も、君のせいでヴィランになったんだ」
その目に宿るものは、疲労と憎しみが混じった感情だ。逢魔は歯を見せて笑い、話を続ける。
「ご名答。俺がやったんだ。もっとも、俺はお前に悩んで欲しいわけでもないんだけどね」
「……だったら、逢魔……君の目的は一体?」
「面白おかしく生きること……それ以外に俺の目的なんかないね。お前は黙って、ヴィランを狩っていれば良いんだよ」
マリス団の幹部を務めているだけのことはあり、彼の返答に迷いはない。そんな彼とは対照的に、ヒロはいつも迷ってばかりだ。
「それじゃ、駄目なんだよ。俺は、この力を正しいことに使わないといけない。そのはずなのに……俺はいつも、何かを間違えているんだ」
その「何か」の正体を、ヒロはいまだに理解していない。しかし彼は「漠然とした過ち」という亡霊に苛まれているのだ。そんな彼に追い打ちをかけるように、逢魔は依然として持論を展開し続ける。
「お前は弱いね……ヒロ」
「そうかも知れないな」
「一つ、良いことを教えてやるよ。力を得た弱者は、大抵その力を正しいことに使えないものだよ。力を持つことに慣れていないからね。あの男だってそうだし、お前だって同じだよ」
「俺とあの男は、同じ……?」
ヒロの心は、より一層曇り始めた。明確な違和感と不透明な罪悪感に駆られ、彼はどこか無気力な表情をしている。そんな彼の肩に手を置き、逢魔は囁く。
「ねえ、ヒロ。早く強くなってよ。待ってるからさ」
そう言い残した彼は、瞬間移動によってその場を去った。その後もしばらく、ヒロは虚空を見つめ続けた。
それから数分後、彼の前に鈴菜と紅愛が通りかかった。
「ヒロさん、また元気ねぇッスね。どうしたんスか?」
「ヒロ、オレたちは仲間だ。何があったか、話してみろ」
何やら二人は、ヒロを見るなり哀愁を感じ取ったようだ。ヒロは自嘲的な愛想笑いを浮かべ、先日あったことを話す。
「以前、俺は自殺しようとしている男を助けた。その翌日には、その男がヴィランになった。だから俺は、この手でそいつを殺したんだ。最後の瞬間まで、そいつは死にたがっていたよ。いつだって俺の正義感は、裏目に出るんだ」
相変わらず、彼の理想は叶わない。そんな彼が己の生き方に疑問を感じていることは、想像に難くないだろう。
鈴菜たちは必死に言葉を紡ぎ、ヒロを励ます。
「ウチだって、わからねぇッスよ。ヒロさんがどうすれば良かったかなんて、誰にもわからねぇんスよ……」
「少なくとも、誰もアンタを責めることは出来ねぇだろうな。そんな奴がいたら、オレが許さねぇ。アンタは、誰よりも誠実で、誰よりも己と向き合っているウィザードだ。アンタの生き様は、美しい」
それは気休めの言葉ではなく、二人の本心から出た言葉であった。