本当の勝者
翌日、ヒロの携帯電話が鳴り響いた。彼はすぐに画面を操作し、電話に出る。
「はい、ヒロです」
「私だ……高円寺日向だ」
いつも通り、それは日向からの連絡だった。
「ヴィランが出現したのですか?」
「ああ。IT会社サイバーテックに、ヴィランが出現した。一応、場所はショートメールに記載しておく。すぐに任務に取り掛かってくれ」
「了解しました。では……」
ヒロはすぐに通話を切り、社宅から飛び出した。
*
一方、サイバーテックの社屋にて、ロブスター型のヴィランが乱心していた。彼の両腕のハサミが開かれると同時に、その隙間からは無数の弾丸が発射されていく。その周囲にはすでに何人もの社員が倒れているが、弾丸が尽きる様子はない。何やら彼は、無尽蔵に発砲できる力を持っているようだ。
「はははは! あんたらを殺しておれも死ぬんだ! おれも、死ぬんだァ!」
この声は――正木の声だ。つい先日に注射を打たれた彼は今、ヴィランとして虐殺の限りを尽くしている。
「あんたら全員、皆殺しだ!」
そう叫んだ正木は、逃げ惑う社員たちを容赦なく射殺していく。ヒロが一刻も早く到着しなければ、このオフィスで働く者たちは全滅することだろう。
その時だった。
「そこまでだ……正木!」
阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられる一室に、変身した姿のヒロが現れた。そんな彼の存在に気づき、正木は笑う。
「ははは! あはははは! そうか、やっとおれを殺してくれるようだな……ウィザード! おれを助けたことを、後悔したか?」
「あの行動が正しかったのか否か……それは俺にもわからない。だけど……」
「だけど、なんだ?」
正木はヒロの方にハサミを向け、弾丸を連射した。ヒロは咄嗟に剣を生み出し、巧みな剣術によって弾丸を切り落としていく。一先ず、これで社員たちにはその場から逃げ出す隙が与えられた。彼らは次々と駆け出し、部屋を飛び出していく。そんな彼らの身の安全を確認し、ヒロは続ける。
「だけど俺には、君を倒すという使命が……責任があるんだ!」
そう叫んだ彼は、弾丸を切り落としながら間合いを詰めた。そして彼は剣を振り下ろしたが、正木の頑丈な甲殻には刃が通らなかった。ヒロは何度も剣を叩きつけたが、結果は同じだ。
「どうやら、相性が悪いようだな」
この時、正木は勝利を確信していた。彼は右腕のハサミを突き出し、ヒロの腹を切ろうとする。
「まずい……!」
咄嗟の判断により、ヒロは剣の刀身で己の身を守る。しかしその刃には亀裂が入っており、彼の体が一刀両断されるのも時間の問題である。
「その剣だけで、おれの甲殻を破ることが出来るかな?」
「ああ、やってみせる!」
ヒロの魔術は、ただ剣を生み出すだけではない。突如、その刀身は炎をまとい、甲殻を熱し始めた。
「なにっ……!」
どんな頑丈な甲殻を有していても、熱に耐性を持つことは出来ない。正木が熱さに苦しむ中、ヒロは何度も剣を振り続けた。その節度、その刀身を包み込む炎は火力を増し、正木の身を容赦なく火だるまにしていく。無論、ヴィランに変身している彼の表情は、ヒロにはわからない。しかし正木は、妙な安堵を覚えているような雰囲気を醸している。
「そうだ。おれは、死にたかったんだ。おれを助けた手で、あんたがおれを殺すんだ。はは……あははは! 本当の勝者は、どっちだろうな」
そんな意味深な言葉を遺した正木は、その場で勢いよく爆発した。煙の中から姿を現した彼は、案の定笑っていた。その笑みはまるで、ヒロの正義を嘲笑っているかのようでもあった。それから数秒もしないうちに、正木の存在はこの世から消滅する。やり場のない感傷を覚えたヒロは、唇を噛みしめながら震えるばかりだ。
「どうして俺は、迷ってばかりなんだ……」
そう呟いた彼は、しばらくその場に立ち尽くした。