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社会への憎悪

 それはヒロが去った直後のことである。瞬間移動により、逢魔(おうま)は男のいる病室に姿を現した。不可解な現象を前にして、男の表情は豹変する。

「あんたも、ウィザードか? なんの用でここに来た?」

 そう訊ねた彼の目は、底知れぬ敵意を帯びていた。逢魔は肩をすくめ、先ずは自己紹介を始める。

「俺は逢魔――ヴィランだ。お前は?」

「おれは正木(まさき)だ。ところで、用件はなんだ?」

「……今のお前に必要なものを持ってきた」

 彼は己の背中に隠していた注射器を取り出し、それを正木に見せつけた。正木は怪訝な表情を浮かべ、更なる猜疑心を露わにする。

「薬なんか要らない。おれは死んだ方が報われるんだ」

「ああ、知ってるよ。だけど俺は、お前の自殺を止めに来たわけじゃない」

「ほう、じゃあその薬で、おれを殺してくれるのか?」

 その注射器の中身を、彼はまだ知らない。そこで逢魔は、その正体を説明し始める。

「この注射器の中身は、ヴィラン細胞だ。こいつを注射された人間は、ヴィランになる」

「ヴィランになる細胞だと? あんた、一体何を考えているんだ?」

「あのウィザードとお前の会話は隠れて聞いていた。自殺するのは結構だが、その前に世間に一矢を報いたいとは思わないかい?」

 ただならぬ提案をした彼は、悪意に満ちた笑みを浮かべていた。その提案に、正木は少しばかり迷いを見せる。

「世間に……一矢を……?」

「お前の痛みを話してみろ。おそらくお前は、こいつを必要としているはずだ」

 依然として、逢魔は注射器を見せつけながら笑っている。正木は数瞬ほどうつむき、それから己の境遇を語り始める。

「おれはかつて、IT企業でシステムエンジニアをしていた。だが、心が壊れたおれは、五年もしないうちに仕事を辞めたんだ」

「なるほど」

「それだけじゃない。おれはしばらく、生活保護でしのいでいたんだ。だけど心はすり減っていく一方だったし、その挙げ句に生活保護を打ち切られた。おれにはもう、未来がない」

 そう語った彼の目に、もはや希望の灯火は灯っていなかった。そんな彼の心を揺さぶるように、逢魔は質問を続けていく。

「だが、IT企業で働いていた頃のお前も幸せには見えないな。お前は一体、何を望んでいるんだい?」

「おれの話を聞いていたんだろ? おれはただ、普通の人が普通に手にしている全てが欲しいんだよ」

「お前がそれを手にすることは難しいだろうね。だけどお前は、他人のそれを壊すことが出来る。そう――ヴィランにさえなればね」

 それは紛れもなく、悪魔の囁きだった。しかし今の正木に、他の選択肢は無いだろう。それでも彼はまだ迷っている。

「誰かの幸せを壊したところで、その先に何がある? それが、おれの望むものなのか?」

 何やら彼には、まだ一線を守ろうとするだけの理性が残されているようだ。そんな彼の背中を押すように、逢魔は耳元で囁く。

「じゃあお前は、普通に生きてる普通の人間を許せるのかい? そいつらを野放しにして自分だけ自殺して、世間に忘れ去られるのが、お前の望みなのかい?」

 その囁き声に、正木の情緒が揺さぶられる。元より精神的に追い詰められていた彼には、もはや己の悪意を制御しきることが出来ない。


「逢魔さん。おれを、ヴィランにしてくれないか?」


 ついに正木は、眼前のヴィランの話に乗ってしまった。逢魔は歯を見せて笑い、正木の首筋に注射針を刺し込んだ。正木の体内に、ヴィラン細胞が流れ込んでいく。

「そうだ。おれはどうせ、死ぬつもりなんだ。どうせなら……ハハハ……どうせなら目一杯暴れないと損だよなぁ? ハハハハハ!」

 彼の遺伝子情報は徐々に書き換えられ、その脳からはアドレナリンが分泌されていく。思考を上書きされていく感覚に見舞われる中、彼は高らかに笑っていた。

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