会議
その日の晩、マリス団の拠点である廃墟の倉庫でのことだった。千郷は息吹を睨みつけ、息を妙に荒げている。そんな彼女を横目に、晴香は質問する。
「ねえ、逢魔。千郷にテキーラをあげても良いかしら」
今の千郷に酔いが回れば、彼女が荒れ狂うのは目に見えている。当然、逢魔がそれを許すはずはない。
「ダメに決まってるだろ。何を思って、火に油を注ごうと思ったんだい?」
「あらあら。ワタシたちの活動目的は、面白おかしく生きることでしょ? それに、ワタシは平和と秩序が嫌いなの。それはもう、壊したくなるほどに……」
「やれやれ。これじゃ、先が思いやられるね」
色物揃いの幹部たちを抱え、彼は呆れ果てるばかりだ。千郷は座席から立ち上がり、大声をあげる。
「おい! テキーラ持ってこい! 今すぐにな!」
このままでは話し合いが始まらない。逢魔は千郷の背後に瞬間移動し、彼女の首筋に手刀を食らわせた。不意打ちに対応できなかった彼女は、その場で眠るように気を失う。その一部始終を前にして晴香は腹を抱えて笑っていた。一方で、伊吹は紅愛の写真を見つめ、恍惚とした表情を浮かべている。
そこで逢魔はテーブルを叩き、一先ず晴香たちの注目を集めた。笑いながら涙を拭う晴香の横で、伊吹は呆けたような顔で首を傾げている様子だ。逢魔は苦笑いを浮かべ、話を切り出す。
「俺はヒロと戦ったが、全然満たされなかったよ。少なくともアイツの戦闘能力は、俺を十分に楽しませられるレベルに達してはいないね。晴香、伊吹、お前らはどうだった?」
会議を進めるにあたって、情報を共有しておくことは極めて重要だ。千郷に至ってはそもそも会議に参加できる状態ではないが、その点においては彼も妥協せざるを得ないだろう。晴香は言う。
「そうね。鈴菜は新入りだからってのもあると思うけど、物足りなかったわ。だけどあの子には、伸びしろがあると思うの」
彼女に続き、伊吹も意見を出す。
「俺様も退屈だった。だが、天真はあの四人の中では、一番強いウィザードだろう。しばらくはヴィランを撒き、奴らを育てていくべきではないか? やはり俺様たちが動くには、いささか早すぎたのだろう」
少なくとも、四人中三人はウィザードとの戦闘に満足していないようだ。そして四人目――千郷は目を覚まし、逢魔の方へとにじり寄る。
「なぁ逢魔。今すぐこの場で、テメェをぶん殴っても良いか?」
相手の顔を覗き込みつつ、彼女はそう訊ねた。その眉間には皺が寄っており、彼女がいかに苛立っているのかを物語っている。
「良いわけがないだろ」
彼はそう返したが、ここで相手に従う千郷ではない。彼女はすぐに、彼の鳩尾を殴ろうとした。逢魔は千郷の背後に瞬間移動し、彼女の両腕を拘束した。
「離せ……ムカついてくる……」
「いつもいつも、お前は何にそんなにキレてるんだよ」
「退屈だ。だからアタイは、テメェを殴っても良い」
それは明らかに支離滅裂な主張だったが、彼女は正気だ。そんな彼女に怯えることなく、逢魔は火に油を注ぐようなことを言う。
「是非とも、協調性という言葉の意味を一から学んで欲しいね」
そしてその言葉に、千郷は当然のように逆上する。
「全人類がアタイに合わせないのが悪いんだ! アタイに殴らせろって言われた奴は、黙って殴られるべきだろ!」
無論、彼女はヴィランだ。しかしその言動や素行は、他のヴィランたちから見ても荒々しいものである。そこで逢魔は、何かをひらめいた。
「そうだ。とりあえず、酒でも飲んで落ち着きなよ。冷蔵庫いっぱいに、テキーラがあるからさ」
「そうか。じゃあ、どけ」
千郷は彼の両手を振り払い、倉庫の隅にある冷蔵庫を開いた。それから何本ものテキーラを飲み干した末に、酔い潰れた彼女は再び眠りに落ちた。