ロマンチックな死生観
紅愛は生きていた。彼女が目を見開くと、そこには見知らぬ男の後ろ姿と瓦礫を束ねたような壁があった。その男はマリス団の一人――伊吹である。無論、紅愛には彼がヴィランであることを感じ取れる。
「アンタ……誰だ? ヴィランの魔力を感じるが、オレの味方なのか?」
その問いに答えず、伊吹は先ほどまで束ねていた瓦礫を一斉に前方へと飛ばす。コンクリートの残骸は千郷を包み込み、彼女の身を傷つけていく。
「なんの真似だ! 伊吹ィ!」
予期せぬ事態を前に、千郷は憤った。直後、彼女の身は宙に浮かび上がり、そしてアスファルトの地面に叩きつけられた。更に苛立った彼女は爆弾を生み出し、それを伊吹に投げつける。しかし爆弾は挙動を変え、千郷の方へと戻っていった。彼女は爆発に呑まれ、宙を舞う。そして体勢を整えながら着地し、彼女は息吹を睨みつける。
「答えろ、伊吹。テメェは一体、どういう了見でアタイの邪魔をした?」
「推しが死ぬにはまだ早いだろう。俺様は推しの死が見たい……だがそれは、雑に殺されて欲しいという意味ではない」
「あぁ? 人の死なんて、全部同じだろ!」
千郷にとって、人の死は大きな意味を持たない。そんな彼女の発言に、伊吹は深いため息をついた。そして彼は、自分のこだわりを語り始める。
「闘病生活の末に死んだ子供のドキュメンタリー番組と、死んだことでダーウィン賞を受賞した愚者のドキュメンタリー番組なら、感動するのは前者だろう。人の死を平等だと言う者もいるが、それは嘘だ。人の死には価値の優劣がある。そして今のお前に紅愛が殺されても、紅愛は悲劇のヒロインではなくお前の殺人件数の一部になるだけだ。お前がただ命を奪った場合、お前が殺人犯という『主役』になってしまうんだよ。わかるか? 俺様の言っていることが、お前にわかるか? 美しく死ぬということは、美しく生きたということなんだ。生き様が美しくあってこそ、死に様はより美しくなるんだよ」
相変わらず、彼はヒートアップすると饒舌になるようだ。その演説を前にして、紅愛と千郷は半ば困惑していた。しかし千郷は、同時に更なる怒りを覚えている。
「ああ、もう! 黙れ! 誰もテメェの意味不明な話なんか聞きたくないんだよ!」
そう叫んだ彼女は、伊吹の身に殴りかかった。伊吹は宙に浮遊し、彼女の攻撃をかわした。それから彼は変身し、玄武型のヴィランに姿を変える。両者共に、互いの肉体に何度も拳を叩きつけ合い、その場には衝撃波が走っている。
どうやら二人は、仲間割れを起こしたようだ。
そんな二人を横目で見つめつつ、紅愛は光線銃を構えた。そして彼女は、即座に光線を乱射する。光線の全ては、千郷の急所を着実に撃ち貫いた。しかし千郷には、紅愛に注意を払っている暇などない。
「よそ見をするな」
そう呟いた伊吹は、千郷の頬を全力で殴り飛ばした。流石の千郷にとっても、たった一人で二人の相手をするのは困難だろう。
「分が悪いな……ずらかるか」
千郷は再び大きな爆弾を生み出し、それを容赦なく投げ捨てた。
「まずい……!」
伊吹は即座に瓦礫を遠隔操作し、紅愛の周りにシェルターを生み出した。直後、テクノマギア社の社屋のすぐ横で、大爆発が発生する。そして紅愛と伊吹の視界が晴れた時、そこにはもう千郷の姿はなかった。
伊吹はシェルターを分解し、紅愛の無事を確認した。
「ふぅ……推しにはもっと、ドラマチックな最期を迎えて欲しいもんだ」
「さっきも推しとか言ってたけど、その……それはどういうことだ?」
「紅愛……お前は俺様の推しだ。お前はいつか、俺様のために美しく死ぬんだ!」
おおよそ正気とは思えない発言だ。
「……はぁ?」
紅愛は耳を疑い、怪訝な顔をした。そんな彼女に背を向け、伊吹はその場を後にした。